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 元旦に佐久早と出会ったのは偶然のことだった。向こうも年明けすぐに大会があって調整していたのだろう。走ってくる姿に会釈だけして去ろうかと思ったが、佐久早は律儀にも止まって歩み寄った。

「あけましておめでとう」

 仕方なく、私は挨拶の言葉を口にする。てっきり佐久早はそのまま走り去るものだと思っていたから意外だ。佐久早は私を上から下まで眺めると、新年の挨拶もよそに口にした。

「太ったか?」
「なっ!」

 私は絶句し、コートのポケットに手を突っ込む。そうすることでコートが引っ張られて体型をカバーできる気がしたからだ。しかし佐久早はコートの上からでも見透かしてしまうのだろう。私は動揺したまま言葉を紡ぐ。

「会っていきなりそれって失礼っていうか……女の子にそういうこと言うとフラれるからね!」

 佐久早には余計なお世話だろうか。今彼女がいるのかは定かではないが、夏の大会以降急激にモテるようになったのを知っている。いくら佐久早が強豪のエースであろうと、デリカシーがなくてはモテない。私の上から目線での発言を、佐久早は簡単にいなした。

「でもお前だったらフラねぇだろ」

 佐久早の目線に、言葉を失う。何故佐久早は私を信頼するようなことを言うのだろう。佐久早と私は、ただの友達でしかないのに。

「付き合ってるみたいな前提やめてよ!」

 先程から私は佐久早に振り回されてばかりだ。思春期のような落ち着きのなさで声を荒げている。佐久早は冷静に「お前が言い出したんだろうが」と言うと、疑うような視線を私にかけた。

「で、実際はどうなんだよ」
「え?」

 私が問い返すと、佐久早は私を見据えてマスクの下の口を動かす。

「お前は俺と付き合ってたとして、俺が太ったって言ったらフるの、フラないの」

 先程のはただの例え話ではなかったのだろうか。私はぼんやりとした頭で、「フラない?」と答えた。疑問形になったのは仕方ない。そもそも佐久早と付き合うこと自体が想像できないのだ。

 佐久早は「ならいい」と言うとまた走り出した。今のは何だったのだろう。私はその場に立ち尽くしながら、春高頑張ってと言い忘れたことを思い出した。