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「帰省、ついてこいや」

 その言葉を侑は限りなくプロポーズに近い文言として言った。名前が「うん、わかった」と頷いた時、心の荷が降りる。名前は侑との結婚に前向きであるのだ。後は双方の両親に挨拶をして籍を入れるだけ。まずは、侑の両親からだ。

 と思っていたのだけれど、新幹線の車内で名前は呑気にパンフレットを広げていた。

「へー、兵庫ってええとこやな」
「お前何やそのパンフレットは!」

 侑は思わず指をさして叫ぶ。今回は侑の両親に挨拶するために行くというのに、名前はまるで観光気分だ。侑はこれほど緊張しているというのに、何故義実家に行く名前はけろりとしているのだろう。

「少しは緊張とかないんか!」

 侑が言うと、名前はパンフレットから顔を上げて微笑んでみせた。

「緊張せんでもええやん、侑が実家におる間私はホテルおるからお構いなく」

 侑は自分が言葉足らずだったことを思い知る。名前は侑の実家に泊まる気すらないのだ。完全に帰省を名目にした旅行だと思い込んでいる。

「構えや! 何のために連れてきたと思とんねん!」

 侑が吠えると、名前は不思議そうな表情で問い返した。

「何のためなん?」

 あまりに理解していない様子に、侑は勢いのままに叫んでしまう。

「そら結婚のためやろ!」

 侑の大声が響き渡った後、新幹線の走行音が暫く響く。近くの席に座っているサラリーマンらしき男が、迷惑だとでも言うようにこちらへ視線をやった。だがそれも気にならないくらい侑は非常に気まずい思いをしている。結婚を前提としていることは、実家に来てほしいと言ったことで伝えたつもりなのだ。だが名前には伝えていなかった。つまり侑は今、結婚の意思を伝えたことになる。

「……侑、今のプロポーズなん?」

 名前の声の低さが、真剣みを表している。侑はもっとスマートに、プロポーズや結婚までの運びを行うつもりだったのに。

「いや、結婚を前提として挨拶するっちゅう意味でこれはプロポーズやないっていうか、でも結婚はしたいんやけど」

 照れ臭くなった侑は、早口でまくしたてた。今の侑は相当ダサいことだろう。だが侑は面と向かって結婚しようだなど言える質ではないのだ。それを理解しているのか、名前は頬を緩ませてスマートフォンを手にした。

「うちの親にも連絡しよ」

 その言葉に侑は慌てて手を伸ばす。

「それはまだ決心つかんから待って!」

 まずは、侑の親から。そう思っていたのだけど、結婚の準備は侑が思っていたよりも早く進むのかもしれない。