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※キメツ学園

期末テストが終わった週の土曜日、職員室には私と不死川さんの二人が残っていた。木曜日にテストが終わり、来週月曜日からはテスト返し、夏季課題の説明に入る。自分の教科のテストが早々に終わった担当教員は試験監督をしながら採点ができるので楽だが、私達のように最終日に実施された科目の教員はこうして残業をするはめになる。不規則に丸とバツを繰り返し、私はようやく全生徒の採点を終えた。顔を上げると、ちょうど十一時になったところだった。学園から近く普段お世話になっている定食屋が開くにはまだ一時間ある。それまで職員室で暇を潰して、開店と同時に行くのがいいだろう。私は自動販売機でコーヒーを二本買うと、一つを不死川さんの机に置いた。

「どうぞ」
「……悪ィな」

不死川さんももう仕事は終わったらしく、手を動かさずにぼうっと机の上を眺めていた。すぐに帰ろうとしないあたり不死川さんも私と同じことを考えているのだろう。今日は不死川さんと二人で昼食を食べることになりそうだ。
人のいない職員室に、冷房の音が静かに響く。このまま開店時刻を待つのはあまりにも退屈だと思った私は、向かいの不死川さんへ語りかけた。

「暇ですし、『真実か挑戦か』ゲームやりませんか?」
「……トランプなんてあんのか」
「冨岡さんが生徒から没収したものがあります」

私は立ち上がって冨岡さんが生徒から没収したものを置いているボックスを漁った。修学旅行気分の生徒でもいるのか、中には三つもトランプが入っていた。私は内心で謝りながらその内の一つを拝借する。不死川さんは机の上を片付けて待っていた。日本ではマイナーなこのゲームを不死川さんが知っているのが意外だった。

「真実か挑戦か」

ルールは簡単だ。裏返しにして広げられたトランプの中から、各々好きな一枚を取る。その表面を見せ合い、トランプに書いてある数字が大きい方が勝ちだ。勝者は敗者に「真実か挑戦か」と聞く。敗者が真実を選べば勝者が聞いたことに何でも正直に答えなければならず、挑戦を選べば勝者が言ったことを何でも実行しなければならない。今回不死川さんは「挑戦」を選んだ。いきなり度胸のある選択だ。私は少し迷った後、私の飲み終わったコーヒー缶を捨ててくるように命令した。不死川さんは素直にゴミ箱まで捨てに行った。まだまだゲームは始まったばかりだ。

「真実か挑戦か」

また私の勝ちだった。ババ抜きやスピードであまり勝てたことはないが、こういった単純なゲームに私は強いのかもしれない。不死川さんは目を閉じて「真実」と言った。

「不死川さんの一番大事なものって何ですか?」
「……人間だァ。家族とか、周りの奴とか、失ったら困るものが大事だ」
「そうなんですか」

私は特に内容には触れず次のカードを取った。不死川さんと同時に裏返すと、またしても私の勝ちだった。不死川さんは私が尋ねる前に「真実」と言う。確かにパシリは不死川さんに似合わない。

「その大事な人間のためなら、不死川さんはどこまでできますか?」
「そいつらに恨まれるようなことだって、守るためならできる」

普通なら「お金をかけられる」「命をかけられる」という具合の答えが出てきそうなところだった。でも、不死川さんはそういう素直な守り方をする人ではないと、私は心のどこかで分かっていた。

「……真実か挑戦か」

今度は不死川さんの勝ちだった。私は少し迷ったけれど、何でも答えなくてはならないというのは恐ろしい気がして挑戦にした。不死川さんは至って普段通りの表情で「三回回ってワンと言え」と言う。私は素直に立ち上がって三回回った後、不死川さんを見て「ワン」と言った。不死川さんは少し楽しそうな顔をした。

「真実か挑戦か」

今度は私の勝ちだった。不死川さんはまたしても真実を選択したので、私は先程の質問の続きを尋ねた。

「不死川さんは、大事な人のために取った行動で大事な人に恨まれたことがありますか?」
「それは相手がどう思ってるかだから俺には言えねえだろォ。でもまァ、恨まれてんだろうなァ」

私の脳裏に浮かんだのは不死川さんの弟さんの玄弥君のことだった。彼には、かなり荒い愛が向けられていると思う。その愛の感覚を、私はなんとなく知っていた。

「真実か挑戦かァ」

今度は私が選択する番だった。今回は真実にしたが、どんな質問が飛んでくるか分からない。前回、前々回と私はかなり立ち入った質問をした。同じような質問が飛んでくる可能性だってあるのだ。私が身を強張らせていると、不死川さんは呑気に「今日の昼飯何食う」と言った。

「親子丼の気分ですけど……不死川さん、さっきから軽すぎませんか。もっとグイグイ攻めたらどうなんですか」
「いいんだよこれで」

不死川さんにとっては真実か挑戦かゲームなどただの暇潰しだろうか。私は少し馬鹿にされた気分になる。でも、攻めなければ一方的にやられるのは不死川さんだ。

「真実か挑戦か」

次は私の勝ちだった。不死川さんは真実を選んだので、私は反撃するような気分で口を開く。

「その傷付けたと思ってる大事な人って、誰なんですか?」

不死川さんは「傷付けた」という言い方はしなかったが、同じ意味だろうと思った。不死川さんはいつも恨まれ役を買って出て、大事な人を傷つけて、一人になろうとする。不死川さんは少し考えた後机の上のトランプを見ながら呟いた。

「すぐに出てくるのは、弟の玄弥と……あと昔、俺のことを好きだっつってきた女だなァ」

私は何も言わないで次のカードを取った。不死川さんは相変わらず当たり障りのないことしか聞かなかったし、簡単なことしかやらせなかった。対して私は、不死川さんのパーソナルなことに土足で踏み込んで行った。不死川さんは全て、懐かしむような表情で答えてくれた。

「このキメツ学園に赴任してきた時、どんな気持ちでしたか」
「……初めて来た気がしなかったなァ、ここは」

私が一方的に不死川さんを探るゲームも終わりに差し掛かった。カードが残り三枚しかないのだ。冨岡さんが没収した際に一枚どこかへやってしまったのか、元から不揃いなのか、このトランプは奇数で終わる。だがそのおかげで最後の勝負を決める選択にて、遠慮せず取ることができた。私と不死川さんはそれぞれ一枚取り、同時に裏返す。すると手が止まった。不死川さんが引いたのはダイヤのエース、私が引いたのはジョーカーだったのだ。ジョーカーでは数字にならない。これは負けなのか、勝ちなのかと私が口を開こうとした時、「お前の勝ちだァ」と不死川さんが言った。

「ジョーカーは何にでもなれる数字だろォ。この勝負じゃジョーカーが最強だァ」

私は迷ったが、不死川さんがそう言うので素直に「真実か挑戦か」と言った。不死川さんは真実を選択した。私は声を震わせながら、不死川さんの方を見た。

「不死川さんは私のことを、好きだったんですか?」

不死川さんは大して驚いた様子もなく、「最後なのに俺があの時代の人間じゃねェか聞かなくていいのか」と言った。確かにこのゲームでは何でも正直に答えなくてはならない。不死川さんが私と同じ転生した人間であるかを聞くにはうってつけだ。だがそんなこと、不死川さんの口から聞かずとも分かっていた。だから転生したかどうかを聞かずに、不死川さんの内面のことばかり聞いてきた。結果知れたのは、不死川さんが私の受け取った通りの人間だということだった。あの時代の私の解釈は何も間違っていなかったのだ。最後の勝負に勝てるかは賭けだった。でも、不死川さんが勝ちにしてくれたのなら私は前世聞けなかったことを聞く。嘘がつけない、この真実か挑戦かゲームの場を借りて。不死川さんを見ると、不死川さんはふと目を伏せた後穏やかな表情で言った。

「お前に出会う前から、俺はずっとお前が好きだ」

その余韻に浸るのも束の間、不死川さんは立ち上がって「これで終わりだ。定食屋行くぞォ」と言った。時計を見るともう十二時を少し過ぎていた。私は慌ててトランプを片付け、不死川さんの後を追う。もう空気は普段の職員室のもので、あの真実か挑戦かゲームから現実に帰ってきたのだと実感した。不死川さんはもう、自分が鬼狩りをしていた不死川実弥だとは認めてくれないだろう。でも私が好きだということなら言ってくれるのではないかという気がして、私は軽い足取りで職員室を出た。