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「苗字は俺が苗字のことを好きになっても友達でいてくれる?」

 突然言われた言葉に、私はときめくというより驚いた。幸村とは友達の関係だし、今まで恋愛めいた気配が漂ったことはない。何より、幸村はまるで告白しているような顔ではないのだ。普段通りの表情は、私をからかっているようにも見える。私は幸村の真意が読めないまま眉をひそめた。

「何急に」
「いや、クラスの友達で仲が良かったのに片方が恋愛感情を持ったら疎遠になった二人がいてさ。俺と苗字は、ずっと仲良くしてたいなって」

 そう語る表情は、一切の下心なく私との仲を重んじているようだ。幸村にとって私といるのは心地いいのだろう。だが、私は好きになられてまでままごとのような関係性を続けるつもりはない。

「……むかつく」
「え?」

 私の言葉に、幸村は顔を上げた。まるで私が反論することを想定していなかったかのように。

「好きになったら告白するくらいの度胸はないの?」

 私は強く幸村を見上げた。幸村を恋愛的な意味で好きなわけではないが、好きな人ができたなら自分の幸せを追い求めてほしい。友情を保つために無理して抑え込む必要はないのだ。幸村を想っての言葉だったのだが、幸村は可笑しいと言うように肩を震わせた。

「何笑ってんの」

 私が言うと、幸村は屈託のない笑みを浮かべる。

「いや、苗字俺のこと好きなのかなって」

 先程までの奥手な言い分が嘘のような踏み込みだ。私は思わず語気を荒げた。

「好きじゃないし! 幸村が私のこと好きになったらの話してんでしょ!」

 私の大人気ない反論をいなすように、幸村は笑ってみせる。

「ごめんごめん。その時は苗字に好きになってもらえるよう頑張るよ」

 私はどこか腑に落ちないまま視線を逸らした。結局、この会話の意義は何だったのだろう。幸村に遊ばれているような気がして素直に喜ぶことができない。だが、幸村が私に振り向いてもらえるように頑張ると言ったところで喜ぶ道理もないだろう。私はそう結論づけて、幸村との会話を終わらせるように前を向いた。