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 私に割り当てられた作業も一区切りついた。文化祭の雰囲気に包まれた教室の中顔を上げれば、隣に影山君が並んだ。字も絵も下手な影山君が活きる場所といえば高所作業しかなく、それも殆ど終わってしまった今は暇を持て余しているのだろう。それにしても装飾係の男子とつるめばいいものを、何故私の元に来たのだろうか。

「菅原さんに俺が苗字さんを好きだって言われたんですけどどう思いますか」

 突然隣に来たかと思えば影山君はそんなことを宣った。一つ言えば、私は「菅原さん」を知らない。さらに言うなれば、自分が誰かを好きであるかということをその本人に聞くべきではないと思う。大して話したこともないクラスメイトならば尚更だ。新手のアタックかと思ったが、影山君は真剣に私の答えを求めているようである。影山君が素直すぎるということは私も承知済みだ。仕方なく、本当に仕方なく、私は一緒に考えてやることにした。

「私に会いたいと思う?」

 試しに尋ねると、影山君はけろりとした表情で「学校にいるのであまり」と答えた。今は長期休みもないので例えも難しい。

「寝る前に私のこと考えたりする?」
「ベッドに入ったらすぐ寝ます」

 想像してはいたが、影山君は健康優良児のようだ。私自身恋愛経験が豊富であるわけでもないので、続ける問いに困る。というか菅原さんは影山君のどこを見て私が好きだと思ったのだろう。

「私で興奮する?」

 もはや女子としてのプライドも捨て去った。究極の質問をすると、影山君は眉一つ動かさずに答えた。

「俺クラスメイトでは興奮しない派です」

 心のどこかで、私の女としての矜持が折れる音がする。そこはしろよ、と心の中で突っ込んだ。右手のお供の役割も果たしていない私がどうして影山君に好かれていると言えようか。ぬか喜びしようとした私が馬鹿だった。脱力して教室の床を眺めていると、唐突に影山君の声が降ってきた。

「ただ、試合に勝った後一番に報告したくなるのは苗字さんです」

 私は顔を上げたまま何も言えなくなってしまった。影山君が大会に出場した時から、入学してきた時から私はバレーが彼にとってどれほど大事なことかを痛感してきた。このクラスの者ならば影山君のバレーに対する情熱を感じ取っているだろう。ご飯、寝る、バレー。影山君の生活はそれらでできている。そのバレーの中に私が食い込むのだから私は影山君にとって相当大事に違いない。しかしそれを自分の口で言うのはどうにも恥ずかしくて、私は唇を噛み締めた。バレーへの愛は自覚しているくせに、どうして私への気持ちは疎いのだろうか。