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 昇降口から外に出ると、冷たい風が吹きつけた。

「寒いね」

 私が手を合わせながら言うと、隣の影山君が動いた。

「こうですか」

 影山君は、私を抱きしめたのだ。放課後の、誰が来るかもわからない昇降口で。私はすぐさま影山君を離し叫んだ。

「何してるの!?」

 私の悲鳴に近い声に反省することもなく、影山君はけろりとしている。

「寒いねはくっつきたいっていう意味だって先輩に教わったので」
「それは恋人同士でやるものでしょ!」

 思わず突っ込みながら、その先輩というのは影山君にあらぬことを吹き込むいつもの先輩だろうなと思った。言われたら素直に実行してしまうのが影山君らしい。だが私に抱きついているところを見られて困るのは影山君ではないだろうか。影山君は至って普段通りの様子で答えた。

「そうですか? 俺は苗字さんがくっつきたいなら、くっついててもいいですよ」

 第一に、私がくっつきたいと言っているかのような前提がむかつく。無理やり私を抱きしめることもせずに、あくまで私に選択を委ねているところもむかつく。自分の気持ちは明かさないくせに、と私は心の中で悪態をついた。

「私がくっつきたいんじゃなくて、影山君がくっつきたいんじゃないの」

 私が尖った声色で言うと、影山君は素直に認めた。

「そうかもしれません」

 やってやったような気持ちになってから、私は自分が窮地に陥ったことに気が付く。先程影山君は私がくっつきたいならくっついてもいいと言った。今度は影山君がくっつきたいと言ったのだ。その場合、私はくっついてもいいのか答えなければならない。もどかしいような焦ったさに襲われながら、いっそ告白してくれと思った。だが自分の気持ちに疎そうな影山君ではいつになるかもわからない。私が告白するしかないのか、と思ったらやはり少しむかついた。