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「お前には言えなかった」

 目の前の及川は、きまりの悪そうな顔をして俯いていた。私は放心して及川を見た。及川は卒業後、バレーの道に進むものと思っていたのだ。実際それは間違っていないが、舞台は仙台や東京ではなくアルゼンチンだった。恐らく日本からは最も遠い場所。どうして言ってくれなかったの、とは責める気になれなかった。私も及川も、この一年間で私達の間に漂う感情に気付いていたからだ。あえて名前をつけなかった関係性は、本当に何もないまま終わってしまう。私は無理に頭を動かし、乾いた口で言葉を紡いだ。

「どうしよう……何も用意してない」

 及川はすぐに発ってしまう。餞別くらい送りたかったのに、私は花束すら用意していない。及川は私を見た後、そっぽを向きながら告げた。

「アルゼンチンはこれから冬なんだよね」

 及川の意図が掴めず目を瞬く。それが一体何だと言うのだろうか。及川は少し照れたような顔をしながらも、こちらに視線をやった。

「お前が今してるマフラー、くれたら思い出にするかも」

 私は反射的にマフラーをとり、及川に差し出す。

「あげる!」

 及川はマフラーを受け取ると、きつく掴んだ。

「返さないから」

 その瞳には、強い意志が見てとれる。恐らく、及川は地元の友人に会うために頻繁に宮城に帰ったりしない。本気でアルゼンチンでバレーをしようと思っているのだ。遠く離れた地で私と付き合うことも、いつ実るかわからない感情を育て続けることもしないと、及川は告げていた。私達は、ここで終わるのだ。

「私も、及川のこと忘れないから」

 私にとって及川は過去になる。及川にとって私は過去になる。私の遥か先を行く人の、思い出の一つになれたならそれでよかったではないか。及川は私と視線を合わせた後、眉を下げて笑った。