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教室の出入り口に時透無一郎が立っていた時、私は視線を奪われたまま立ち尽くしていた。よく似ている双子のもう片方ではないと判断できたのは、噂で回ってきた時透兄弟の見分け方を試してみたからである。それくらいに時透兄弟は高等部でも人気の二人だった。彼らが高等部へ直接出向くことは殆どない。では何故高等部の校舎の、よりにもよって私の教室にいるのだろうと思っていた時、「苗字さん」と呼ぶ声がした。

「あ、えっと……」

少し遅れてそれが私の名前だと気付く。この状況の謎にばかり気を取られて忘れていたが、これは時透君が私を呼んでいるということなのだろう。急かすようにこちらを見ている時透君の元へ、私は慌てて駆け寄った。

「な、何かな?」
「前世で君と僕って付き合ってたんだけど」
「へ?」

私は思わず情けない声を出した。今まで何の接点もないと思っていた時透君と私が付き合っていた? しかも前世で? これは白昼夢か何かなのだろうかと考えていた時、時透君は無表情のまま体の向きを変えた。

「あ、記憶ないんだ。じゃあいいや」
「いやいやちょっと待って!」

そのまま去ろうとする時透君を私は何とか捕まえた。あの時透無一郎の腕を掴んでいるという点はこの際どうでもいい。大事なのは、時透君が話していた中身だ。

「前世とか付き合ってたとか言われて、これから普通に生活できる気がしないんだけど」

たとえ時透君と関わる機会が無に等しくても、だ。しかし時透君は平然とした様子で口を開いた。

「じゃあ前世でのこと思い出せばいいじゃん」
「そんな簡単に言われても……」

学園の噂で、なんとなく前世があるということは信じている。前世の記憶がある者の話を人伝いに聞いたことがあるからだ。だがいきなり時透無一郎と付き合っていたと言われて、記憶が呼び起こされるだろうか。少なくとも私はこの状況を処理するのに手いっぱいだ。

「じゃあ僕に記憶を思い出させてほしいってこと? そしたらあの頃やってたようなこと君とやることになるけど、いい?」

私は時透君の無表情な顔を見つめた。「あの頃やってたようなこと」とは一体何なのだろうか。文脈から察するに、それは私と時透君の二人ですることに違いない。私と時透君は前世で付き合っていたという。つまり私の記憶を呼び覚ますためにすることは、キスやそれ以上のことではないのだろうか――。私の頭が熱を発しそうになっていた時、時透君はあっけらかんとした様子で言った。

「やるって、刀の稽古だよ。何考えてたの?」

その言葉に私はからかわれていたのだと悟る。美男子で有名の時透無一郎とはこんなに意地悪だったのか。私の前世は彼氏にからかわれてばかりだったのか。

「こんな意地悪と付き合ってたとか嘘だ!」

思わず嘆いた私を無視して、時透君は口を開いた。

「とにかく、君の記憶がなくて困ってるのは君だけじゃないから。早く思い出してね」

そう言い残し、今度こそ時透君は去って行ってしまう。その背中を呆然と見つめながら、今日、確かに何かが始まったのだと思った。