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「ん」

 及川にチョコを差し出されている時、私は夢でも見ているのだろうかと思った。確かに今はバレンタインシーズン真っ只中だ。だがここは日本だし、チョコは女子が好きな男子に渡すものである。私は及川の様子を窺いながら尋ねた。

「どうしたの?」
「お前なら絶対俺にチョコ渡すだろ」

 及川の言う通り、私は及川にチョコを用意している。それも周りの人と同じようなものではない。所謂本命チョコというやつだ。もう及川にはとうに知られてしまっているが、私は及川が好きなのだ。だがそれがどうしたというのだろうか。本命チョコくらい、去年もあげている。暫く頭を働かせて、私はあることに気が付いた。

 ホワイトデーの日、及川は日本にいない。アルゼンチンへ向けて発ってしまっていることだろう。だからバレンタインに合わせて、私にお返しのチョコをあげにきたのだろうか。

 私は小さな笑いを漏らした。及川から見たら私がバレンタインに及川へチョコをあげることは確定していて、及川もわざわざ前もってお返しを寄越すくらいには私のことを想っているのだ。でも、未来へは続かない。及川はアルゼンチンへ行っても私と繋がっているつもりなどないのだろう。言わばこれは餞別のチョコだ。去年無難な箱入りのチョコをお返しにくれたことが懐かしい。及川から何かを貰うのは、これで最後なのだ。

「ありがとう」

 私は震える声で言った。及川が視線を逸らす。及川は卒業式に来るだろうか。来たとしても、もう顔を合わせることはできないかもしれない。なんとなく、今日で終わりにしたかった。

 手の中のチョコを見る。チョコは食べればなくなってしまう。思い出すら残らないのだと思うと、残酷な気がした。