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 放課後の教室には、後半から体育館を使う侑だけが残っていた。普段ならば部活の仲間と合流してしまうのだが、今日ばかりは荷物の仕分けに追われている。それもそのはずだろう。今日は二月十四日、バレンタインデーなのだ。

「お疲れ様」

 私が声をかけると、侑は仰々しい箱の隙間から顔を覗かせた。

「ほんまモテるって大変やわぁ」

 侑の言葉にあえて突っ込まず自席に座る。侑は私のことを委員会か何かの仕事があるのだと思っていることだろう。侑のチョコを仕分ける音だけが響いた。暫く二人で沈黙を共有した後、侑は口火を切った。

「お前はチョコとかやらんの」

 それは私に興味があるのではなく、ただの雑談としての話題だったのだろう。実際、侑がまだチョコを欲しがっているようには見えなかった。私は表情を見られないのをいいことに、眉を寄せて笑った。

「渡せないよ」
「はぁ!? チョコでも忘れたんか! ならこれ持ってき!」

 侑は、多分私のことを好きでも嫌いでもない。恋愛においてだいぶ進んだ位置に立つ者として、クラスメイトの恋を応援しようとしたのだろう。侑が手に持ったのは、綺麗にラッピングされたチョコレートだった。侑の名前は入っていないから他の人にも回せると思ったのだろう。だがチョコの使い回しのような残酷なことをできるはずもない。

「受け取れないよ」

 断る私に、侑は食い下がる。

「別にええやん! どうせこれモブからのやし」

 侑にとって、殆どの女の子から貰ったチョコはどうでもいいのだろう。だから同じくどうでもいい部類に入る私に、簡単に差し出すことができる。その優しさと残酷さが、今は身に痛かった。

「そのまま侑が持ってて。それでいいの」

 私の声は至って落ち着いていた。確固たる意志を感じたのか、使い回しを勧めていた侑も手を引っ込めた。

「控えめな奴やな」

 一度は私の方に差し出されたチョコが、また侑の机に乗る。その様子を見て、私はそっと息を吐いた。私が侑のチョコを貰って好きな人に渡したところで、どうせ同じ所に行き着く。初めから気合を入れて作ったところで別の女子に渡される可能性もあるのだと思ったら、上手く諦められた。願わくば、侑があの贈り主からのチョコをきちんと食べますように。その時に少しは、私のことを思い出しますように。