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 ぷつり、と糸が切れるのがわかった。それは元から強固な糸ではないのかもしれなかった。進路、成績、人間関係、その他あらゆることに私の神経はすり減らされていた。私の心が一つの終焉を迎えたのは決して大きな出来事がきっかけではなかったのだ。僅かな事の積み重ねとして、私は正しく絶望した。私に一つ恵まれていることがあるとすれば、私を好いている人間を知っていることだろう。私は自分の親が無償の愛をくれるのと同じように、彼もまた私に好意をくれると信じてやまなかった。流石に親ほどの愛の深さではないだろうが、私が少しのことで失敗しても彼は私を嫌いにならないという信頼があった。彼は私に気持ちが知られても動揺せず、静かに私を愛してくれた。私の行動は彼に対する甘えなのだ。わかっていても、この感情の捌き方を他に知らなかった。

「治」

 私は治の隣へ座り、もたれかかる。今日は部活がオフなのだろう。誰もいない教室で、治はパンを食べていた。私が寄りかかると治は手を止め、そっと私に視線をやった。私の肩を抱くことはしなかった。

「どうしたん」

 放課後の教室に緩やかな時が流れる。放っておいたら日が暮れて夜になることなど信じられないくらい、今日の天気は穏やかだった。私は治の肩に頭を預けたまま、質問に答えることを放棄した。

「抱いて」

 カサ、とパンの袋が擦れる音がした。治が動揺しているのは明らかだった。治が私を好きなのを知っていて、私は応えることもせず、気持ちだけ利用しようとしているのだ。性欲があるわけではなかった。しかし、治に目一杯愛されたら、私は嫌な事を忘れられる気がしたのだ。

 治はパンの袋を置き、佇まいを直した。机の表面に視線を落とす様子は真剣そのものだった。暫く考え込んだ後、治は優しくするような、傷付いたような顔で私を見る。

「それは好きな人のためにとっとき」

 私は一丁前に衝撃を受けていた。治なら断らないと、心のどこかで思っていたのだ。私は治に愛想を尽かされたような気でいた。だが実際はその逆なのだ。治は私を好きだからこそ、一時の過ちで関係を持つことを断った。

「俺は聞き役にでも何にでもなるから」

 治に優しく抱き止められ、私は治の温かさを理解した。同時に、私が治に酷いことをしたことに気付いた。治の優しさと、自分の愚かさに涙が出る。「うん」私は治の胸に顔を埋めた。