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「佐久早〜!」

 私は教室に入ると手を振って佐久早に近付いた。一見神経質そうなこの男が実は面白いと知ったのは少し前のことである。佐久早も少なからず私と話すのを楽しいと思っていてくれているのではないだろうか。私といる時の佐久早の表情は、少し綻んでいるように見える。ところが今日は、私を認めるなり険しい表情を作った。

「俺のこと好きじゃないならもう俺と話したりするのやめろ」
「え? 極端すぎない?」
「うるせえ。俺は弄ばれてる気持ちになるんだよ」

 佐久早が言っているのは、私が佐久早をフった件についてなのだろう。私は以前佐久早から、会話の延長のような告白を受けた。私は佐久早を恋愛対象として見られないと断ったのである。それからも友達として普通に話したいというのは、強欲なのだろうか。

「いくら何でも敏感すぎると思うけどな……佐久早と話せないくらいなら付き合う!」

 佐久早は大事な友達だ。さらに仲良くなった今なら、触れ合うことはあまり想像できなくても付き合うくらいいいか、という気持ちもある。私としては気前のいい返事をしたつもりだったのだが、佐久早は不快そうに眉をしかめた。

「それだと俺が脅したみたいになるだろうが」

 ああ言えばこう言う。佐久早が気難しい性格なのは知っていたが、恋愛となると殊更面倒くさい。

「友達としてでも話したいと思ってるし佐久早と付き合えるよきっと!」

 佐久早が私を好いているはずなのに、私が佐久早と付き合うことを迫っている。佐久早も好きなら受け入れればいいものを、頑なに拒んだ。

「俺が求めてるのはお前と付き合うことじゃなくてお前に好かれることなんだよ」

 そう語る様子はまるで純粋な少年のようだ。佐久早とは体ばかり大きいだけで、心はあどけなさを残していると思う。

「でも断らないんでしょ?」

 私が問うと、ぶすくれた顔のまま「……付き合う」と言った。了承するのなら、せめて嬉しそうな顔をしてほしい。そう思う私も夢を見過ぎだろうか。