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 もうすぐ日付が変わろうかという頃、夜道を二人の男女が歩いていた。彼らが酔っ払いであるということは、その呼気を吸わなくてもわかった。一体どれほど飲んだのだろうか。二人はお互いを支え合うようにしていたが、共に千鳥足だった。

 飲み屋通りから駅に通ずる道を歩きながら、唐突に男の方が「好きだ!」と叫ぶ。女はさして驚いていなかった。二人で夜飲みに行く時点で、少なかれ好きだと仄めかしているようなものなのだ。今更飛び上がって喜ぶような純情さは持ち合わせていない。女は胃が蠢く感覚にう、と声を漏らした。

「明日になってもお前がこの告白覚えてたら付き合ってくんねえ?」

 今度は、きちんと女の顔を見て男が言った。長らく友達のような仲に甘んじてきたが、彼が明確に関係性を変えようと口にするのはこれが初めてだった。

「ふふ、いいよ。覚えてたらね」

 二人の姿は駅構内に消える。その翌日、女――苗字名前は、見慣れない部屋で目を覚ました。昨日は別々に帰るはずが、一緒に飲んでいた影山の家に行ってしまったのである。泥酔していたこともあり、一線を超えるようなことはなかった。だが、影山の告白の内容を名前は覚えている。名前は一心不乱に影山の体を揺さぶると、「付き合うよ!」と声をかけた。

 影山はいまだ意識の半分を夢の中に置いてきたように、目の焦点が合っていない。名前は彼の耳元に顔を近付けた。

「だから付き合うんだって!」

 名前の大声に影山は目を覚ました様子だ。何故名前が自宅にいるのかということは気にせず、あくまで名前の言葉の内容に驚いてみせた。

「は? 嘘だろ?」

 そう言われて困るのは名前である。名前が覚えていたら付き合う、という約束なのに影山が忘れては意味がない。

「そっちが告白してきたんだっつーの!」

 名前は悔しさを感じながら叫ぶ。影山を好きであることは否めないが、本来告白してきたのは影山の方であるはずだ。何故名前が駄々をこねているようになってしまったのだろう。

 影山は考え込むように頭へ手をやると、決意したように顔を上げる。

「まあ、苗字は全然アリだし。仕方ねえから、付き合うか」

 その言葉に思わず名前は枕を投げたくなる。自分の酒の強さに自信がないなら覚えていたらの約束をするな。とはいえ嬉しいことには変わりなく、名前は不服な告白を諦めて受け入れた。