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 父の長期任務で北海道へ着いたことを伝えると、音之進は朝の六時に私を呼び出した。早朝の小樽で外に出るのはかなりの体力を必要とした。そのくせに「寒くはないか」としきりに尋ねる気遣いを見せるものだから、私は怒るべきなのか感謝するべきなのかわからなくなった。

 私達の目の前には、海が広がっている。数年ぶりに会う幼馴染だというのに、音之進は私の方を見ようともしなかった。一日の力を溜め込んでいるかのような太陽と、自然の力を感じさせるような海原。同じ郷里で長いこと想いあってきた私達があてられるのは当然だった。

「なあ、名前」

 音之進の発する言葉の高さ一つで、私は彼が何を言いたいのか察しがついてしまう。聞きたくないならそもそも音之進に会いに来なければいいのに、私は止めた。

「駄目よ、音之進。音之進は軍のお偉い方の娘さんと結婚するんだから。私に言っても、意味がないの」

 音之進は軍の家に生まれた子息だった。私の父も軍人であるが、音之進や音之進の父とは比べ物にならない。父親の名に負けず、少尉まで出世した音之進はさらなる力をつけるため、どこかのご令嬢と縁を持つことだろう。幼馴染であることなど、政略の場においては何の利にもならない。たとえ音之進との気持ちが通じ合っていようと、だ。

 音之進はむっつりと黙り込んだ。私の言葉に一理あると思ったのかもしれなかった。しかしそれはあくまで少尉としての姿だ。音之進はすぐに、地元で好き放題していた頃の傍若無人っぷりを見せた。

「それが何だ」

 私は驚いて音之進の方を見る。音之進は眉をひそめながら、この世に抗うかのように声を張った。

「好きと言ったところで意味がないんだろう。なら言った方がいい。どうせ結ばれないことに変わりがないのなら、私はお前に何度でも好きと言う」

 油断したら熱いものがこぼれそうで、私は唇を噛み締める。音之進は私の様子に気付いているのだろう。あくまで視線は海に向けたまま、大きく叫んだ。

「好きだ!」

 私は口元を手で覆った。私達は一緒にはなれない。けれど私と小樽のこの地は、音之進が私を好きであったことを知っている、証人になる。