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市丸隊長の第一印象は「変わった人」だった。他隊から異動したばかりであるにも関わらず彼は私を役職に置いた。決して席官ではないけれど、隊長や副隊長を直接補佐する責任のある職だ。もしかしたらそれは私を監視する意図もあったのかもしれない。感情の読めない笑みを浮かべる彼を見て、そう思った時もあった。だが彼――市丸隊長は、丁寧に、かつ効率的に私を指導してくれた。元々要領の良い人間なのだろう。指示はいつも的確で、自分の仕事も短時間で終わらせると後は飲んだり自由に過ごしていた。私が前にいた隊では考えられなくて、思わず目を見張る私に市丸隊長は「何?」と笑ってみせたものだ。当時は気に障ったかと思い謝ったが、今考えればあれはからかっていただけなのだろう。私の仕事が終わっていたら一緒にお茶をすることにすらなっていたかもしれない。とにかく掴み所のない市丸隊長に、私は随分と気を焼いた。

「……あの、何ですか」
「別に何も? ええよ仕事してて」

夕暮れ時に差し掛かった空から陽光が差し込み、市丸隊長を後ろから照らし出す。三番隊の執務室には私と市丸隊長、二人だけが残っていた。私が終わらない書類の山を片付けている内にみんな帰ってしまったのである。だが市丸隊長の用は何もないはずだ。現に彼は今何もしていないし、市丸隊長が残業をするところなど見たことがない。ただ手を組んでじっとこちらを見られたら居心地が悪いというものだ。

「何か用があるなら、終わってからじゃなくて今でも受け付けますけど」

そう言うと市丸隊長は「うーん」と唸った。

「だって名前ちゃん、見てて面白いんやもん」
「な……」

私は今馬鹿にされているのだろうか。喜べばいいのか怒ればいいのかわからない。そんな表情を浮かべていたのだろう、市丸隊長は「堪忍な」と笑った。

「だって、名前ちゃんボクのこと好きでしょ?」

それこそ私は絶句した。まだ先程の発言の方が反応のしがいがあったというものだ。この目の前の、掴み所のない上司兼気になる人からそんなことを言われ、ころころと感情が変わるのがわかる。からかわないでください。そんなわけないじゃないですか。そう言えばいいのだろうか。けれど何故か言えない自分がいる。そもそも、いつから市丸隊長は私の「気になる人」になったのだろうか。私は無意識のう内に、市丸隊長を気にかけていたのだろうか。

頭を抱える私を市丸隊長は楽しそうに見守っていた。隊長のことだからここまで手のひらの上に違いない。きっと私が自分の気持ちに気づいていないことを知って、わざと混乱させて楽しんでいるのだ。

なんて、考えている時点でもう答えは明白ではないか。
私は諦めて白旗を上げた。

「……好き、ですよ」

窓の外を見ながら不本意そうに声に出すと、市丸隊長は思ってもいないだろう一言を口にした。

「そりゃよかった」

嘘つけ、と言えるほど私と彼の仲はまだ近くない。というより、惚れた弱みなのかもしれない。

「それより早く仕事終わらせてな。早く名前ちゃんとデートしたいねんから」
「はい……」

手伝ってくれるわけではないところがいかにも市丸隊長らしい。思いを伝えようが今は上司としての彼のようだ。これはこの後男としての市丸隊長を見せてもらえるチャンスだろうか、と思いながら私はまた書類に取り掛かった。