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 佐久早に助けられた。厳しい先生の授業で辞書を忘れた私に、「紙も持ってるから」と電子辞書を貸してくれたのだ。予想通り私は当たり、電子辞書のおかげでことなきを得た。終業後、私は佐久早へのお礼の仕方を探す。

 午後だから、もう購買は閉まっている。パンやお菓子を買ってお返しとはいかないだろう。そもそも、自分が紙の辞書を使ってまで電子辞書を譲ってくれた人に対してお菓子では割に合わない気がする。では何が相応しいのかと考えると、途端に佐久早が私に対して抱いている感情に迎合してしまうのだった。

 お礼に今度出かけよう、と言った私に対し、佐久早は顔をしかめた。私とて、自分と出かけることがお礼になると思うほど自分を評価しているわけではない。だが佐久早は、何故だか私のことを好いていた。佐久早に対し私ができることはそういったことではないかと思ったのだ。

 佐久早は言葉を溜めた後、眉を寄せたまま話し出した。

「別に好きだけが恋愛じゃない。普通に助けてやりたいとかも思う」

 それは今日の出来事に下心がなかったと言っているのだろうか。あまり話したことはないのに、恋愛感情抜きでも私は佐久早に高く買われているようだ。

「だから無理して俺に何かしようとする必要ない」

 佐久早は、私が佐久早の気持ちを知ってあえて恋愛方面で尽くす道を選んだことに気付いているのだろう。佐久早にとって、それは同情されているように感じたのかもしれない。

「……やっぱ、デートしよ」

 呟いた私に、「話聞いてたか?」と佐久早は不服を露わにする。

「今、ちょっときゅんとした」

 私が顔を上げると、佐久早は驚いたような顔で目を瞠っていた。私のために無理しなくていいと言う佐久早は、とても優しく見えたのだ。私の言葉に打たれる佐久早もまた、ときめいたような表情をしていた。