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「ただいまー」
いつものように家の扉を開けると、見知らぬ金髪の男の子がたむろしていた。
「アンタ誰?」
私は目を瞬いてから、家の表札を確認する。部屋番号は間違っていない。だが家主の名前は、「松野」になっていた。
「ま、間違えました! 一棟南の建物でした!」
まるで酔っぱらいのようなことをしてしまった。私は団地の棟を間違えたのだ。突然プライベートスペースに侵入された松野さんは、驚いたことだろう。
「別にいいよ、遅いから送ってく」
彼は気を悪くするどころか、私を部屋まで送ってくれるらしい。いくら夜で私が棟を間違えたとはいえ、一つ向こうの建物に移動するくらい一人でできる。
「そんな、悪いです」
私が遠慮すると、松野さんは悪戯に笑ってこちらを覗き込んだ。
「今度は暴走族のたむろしてる部屋に突っ込んでも知らねぇぞ」
その言葉に背筋が伸びる。この近辺の治安はあまり良くない。たまに特攻服を着た人も見る。松野さんはいい人だと思うが、話しぶりや髪色からしてタフな印象を受ける。不良と出くわしても松野さんなら何とかなるのではないか、という安心感が彼にはあった。
「それじゃあ、お願いします」
「任しとけ」
私は今日知り合ったばかりの青年に送ってもらうことを頼んだ。松野さんは私が部屋の前へ着いたのを確認すると、片手を挙げて去って行った。
それから一週間が経った頃のことだ。唐突に扉が開かれたかと思うと、金髪が目に入った。
「ただいま」
その様子はまるで自宅に入ろうとするかのようだ。デジャヴを感じながら、恐る恐る声に出す。
「あの、間違えて……」
私の声を聞くと、松野さんは悪戯な顔を上げた。
「わざとだよ。何のために送ったと思ってんだ」
べ、と舌が出ている。遊ばれているのだ、と思いつつも、本気で怒る気にはなれなかった。
「私が暴走族だったらどうするんですか!」
この間出た話題を掘り返してみる。私の家を覚えていたからいいものの、松野さんまで部屋を間違えたら悲劇だ。
「オマエが暴走族なワケないだろ」
「知ったように……」
何故か自信のありそうな松野さんの顔を見ながら、私は口を尖らせる。何やかんやと言いつつも、松野さんに会えたことが嬉しいのに変わりはない。実際に私はもう、松野さんを受け入れる準備ができているのだった。
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