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 若くして出世した期待のエースとなれば、義理本命含めこの時期は大忙しである。バレンタインは貰う一方なのでいいとして、お返しのセレクトは全て恋人である私が担っていた。堅物で世間知らずの音之進に無難なお菓子を用意することなどできるはずがない。それは女性を落胆させてしまうという意味ではなく、育ちが良いゆえに高級品を贈って相手の女性を困惑させてしまうだろう。本命だと思われるのは私も困る。ということで、私はお菓子の買い出しに行き配属ごとにまとめた。よくわかっていなそうな音之進に袋を並べていき、最後に私はお菓子を一つ自分の元にやった。

「で、これは私のです」
「いや自分から貰って嬉しいのか!」

 音之進の言うことはもっともであるが、音之進のホワイトデーを担当しているのが私である以上仕方ない。私はバレンタインに音之進の嬉しそうな顔が見られただけで満足なのだ。

「大丈夫です。音之進のカードで買ったので」

 良妻らしい顔で私が見上げると、音之進はいまだに納得がいっていないように顔をしかめた。

「ホワイトデーってそういうものじゃないだろう」

 イベントごとには疎いのかと思っていたが、意外とイメージは掴んでいるようだ。音之進には音之進の、理想の過ごし方があるのかもしれない。

「ではどうするのが正解なんですか?」

 私が聞くと、音之進は手を空で動かしながら少し浮かれたような表情をした。

「お菓子を送って……二人でイチャイチャとな……」

 その顔が想像しているのは、いやらしいこと、あるいは甘ったるいことだろう。音之進の風貌とは似合わない可愛らしさに、私は思わず手を顔に添える。いち早く気付いたのか、音之進の鋭い言葉が飛んでくる。

「笑うな!」

 音之進は必死である様子だ。全力で照れる姿も可愛いと思う。夢見がちな恋人の夢を叶えてやるのもまた、彼女の役目というものだ。

「やりましょうか」

 私が言うと、音之進の表情がすっきりと明るくなった。