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※研磨にモブ彼女あり

 玄関を開けた研磨は、私が抱えている赤飯を見ると目を丸くした。通常、赤飯とはめでたいことがあった日に炊かれるものだ。赤子の誕生、入園・入学、あるいは第二次性徴の訪れ。男の子である研磨にとってそれは、初めての彼女と交わったことだった。研磨は少し前から同じクラスの女の子と付き合っていた。幼馴染として見守ってきた私だが、研磨が家に連れ込んだという報せをクロから聞いたのだ。

 研磨は私の意図を理解しただろうが、怒ったり恥じらったりすることはしなかった。

「おれは炊かなかったのに」

 その言葉は、私にやり返してやりたいというより少しの寂しさを孕んでいた。研磨は私が先に大人になってしまったことに、人知れず悲しみを覚えていたのかもしれない。

「生理が来たら赤飯なんて古いでしょ」
「卒業したら赤飯はもっと意味がわからない」

 と言いつつも、私が研磨にこうすると知っていたら私の処女卒業の時も同じことをしたのではないだろうか。研磨は意外と負けず嫌いだと知っている。研磨は文句を言いつつ、私の作った赤飯を受け取った。過去でも映っているかのように、研磨はタッパーを覗き込む。

「……本当は、一緒に食べたかった」
「食べようか?」

 私は研磨の真意を知っていてあえて気付かないふりをした。幼馴染でいるのに、研磨の感情は不要だからだ。また、応えることのできない想いにわざわざ触れるほど残酷ではなかった。

「そういう意味じゃないよ」

 悲しく笑った研磨に対し私は笑顔で見送ってみせる。私のことも全て忘れられるくらい、研磨が彼女のことを好きになりますように。