▼ ▲ ▼

 それはほんの一瞬のことだった。戦闘中にバランスを崩した私の体と、近くにいた五条さんの体がもつれ合ったのだ。呪霊を倒した後であるのが幸いだった。私の頭は、五条さんとキスをしてしまったということに支配された。

「すみません!」

 私は頭を下げる。五条さんほどの人ならキスなどいくらでもしているだろうし、何とも思わないのかもしれないが、相手は選びたいはずだ。

「いいよいいよ、気にしないで」

 五条さんは軽く言って立ち上がる。寛大なそぶりだが、次会った時口にもマスクをしていたら私は立ち直れなくなってしまう。

 幸い、五条さんがマスクを増やすことはなかった。あの日の出来事はただの事故として片付けられたようだ。とはいえ私の脳内を占領することには変わりなく、私は五条さんの唇の感触ばかり考えていた。その時、あることに気が付いた。五条さんには無下限があるはずなのに、何故キスができたのだろうと。理解した私は五条さんの元に押し寄せた。

「キスするのわかってて無下限解いたんですか!?」

 必死な私に対し、五条さんは余裕そうな様子だった。

「違うよ。無下限解いてから君を転ばせた」
「もっと最悪!」

 全ては五条さんに仕組まれていたのだ。言われてみれば、五条さんがうっかりキスをしてしまうような人だとは思えない。

「だってそうでもしなきゃ君、僕とキスしてくれないでしょ」

 五条さんは悪びれもせずに言った。五条さんは私とキスをしたかったのだ。その事実より、無駄に悩まされたという被害意識が先行した。

「正面から言われれば少しは考えます!」

 私の言葉は意地を張って言い返したにすぎないのだが、五条さんはそれを逆手にとった。

「じゃあ僕と寝てくれる?」
「何でエスカレートしてるんですか!」

 事前に言えば何をしようと許されるわけではない。とはいえ五条さんの言葉に動揺しているのは事実で、これも全て五条さんの手のひらの上なのかもしれないと思った。