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三年間宮兄弟を見てきた。私は稲荷崎の生徒でも稲荷崎の男子バレー部に知り合いがいるわけでもなかったが、稲荷崎が出ると聞けば夏のインターハイでも春の高校バレーでも通った。しかし宮兄弟が三年になる春高で、私はバレー観戦をやめにしようと思っていた。元からバレーにかける熱量がなかったのかと聞かれればそうなのかもしれない。私が好きだったのはバレーではなく、稲荷崎の、宮兄弟のバレーなのだ。

引退する選手達は感動もひとしおだろうが、その中でも宮兄弟は特に感極まっているように見えた。彼らの等身大な高校生らしいところも好きだったけど、私は宮兄弟もあんな顔をするんだ、と一歩引いた気持ちで眺めていた。高校最後の大会であることは間違いないが、宮兄弟のような実力者なら大学やプロチームからいくつもお声がかかることだろう。バレーをするのが最後というわけでもないのに。私の疑問は、翌日の春高四日目に解消されることになる。

「宮兄弟の銀髪の方、高校でバレーやめるんだってね」

すれ違いさまにそう呟いた知らない人に私は思わず本当ですかと確かめたくなった。でもそれは不躾なのでやめて、あろうことかもっと不躾な真似に走ってしまったのである。

「みや、治さん」

私は試合を観ることもやめて会場中を走り回り、三年間追い続けていた銀髪の元へと行った。荷物の整理をしていた彼は驚いた様子で顔を上げたが、近くで見るとそんな顔も息を呑むほどに綺麗だった。

「高校でバレーやめるって、本当ですか」
「ほんまやけど」

至って簡単に伝えられてしまった真実。私は悲しむと同時に、今の自分がどういう立ち位置にあるのかを自覚した。いくら観戦していたとはいえ宮治からは名前も知らない他人だ。それが、ずけずけとプライベートにまで関わってくるなんて。

「あの、宮さん……宮治さんのバレーが大好きで三年間ずっと見てました、ありがとうございました」

何を言おうかと考えても伝えたいことはこれしかなかった。宮治は目を大きく開けて瞬きしていたが、やがておもむろにバッグに手を突っ込んだ。

「これ、やる」
「へ?」

渡されたのはバレーに使う膝当てである。勿論宮治が今まで使っていたものだろう。そんな大事なものを、私がもらっていいのだろうか。信じられない思いで宮治を見ると、宮治はどこか遠くを見て笑った。

「いやー、俺にそんな熱心なファンがついてたなんて知らんかったな。嬉しいから記念にやるわ。大事にせぇよ」

初対面の人間にも宮治はフレンドリーなのか、宮治は流暢に喋り続けた。

「俺卒業したら料理の専門行くねん。神戸調理専門学校ていうとこなんやけど」
「あ、私もそこ……」
「ほんま?」

私達は互いに目を見開き見つめ合った。まさか一方的に見ているだけだった宮治と私の道が交わることなんて、あったのだろうか。先に目を逸らし笑い出したのは宮治だった。

「せやったらこれはやれんわ。思い出なんかいらん、てな」

一秒遅れてそれが彼らの横断幕のスローガンであることに気が付く。あの言葉の下選手達はどういう思いでプレーしているのだろうと思っていたけれど、今少し理解できた気がする。

「俺のこと勝手に思い出にせんといてや。それじゃ、新学期からよろしくな」

宮治はそう言ってどこかに去ってしまう。その背中を見ながら、私は今膝当てよりも物凄い何かを貰ったのではないだろうかという気に胸が震えていた。