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 五条家に仕える者として、一番してはいけないことをしてしまった。当時十七歳である当主、五条悟とセックスをしてしまったのである。私は彼の数個上であり、長らくの間五条家に仕えてきた。彼は私のことを使用人としか思っていないはずだった。しかし、彼の手つきや視線は、昔から私のことを好きだったのではないかと思わせた。私は彼とのセックスに反対していたはずなのに、いつのまにか押し切られ、喜びを感じるようになっていた。元から好きであったのかはわからない。ただ、彼に求められるのが酷く心地よかった。このまま禁忌の関係を持つのだろうかと思われた時、彼は実家を空けるようになった。それまでも頻繁に帰省していたわけではないが、明らかに回数が減り、帰っても私を避けるようになったのだ。それで身に染みた。恋愛気分だったのは私だけだったのだ。彼は子供らしくいけないことに手を染めてみたくなっただけ。あるいは性欲の発散をしただけ。諦めたら冷静になり、彼の前でも以前のように接することができた。彼は安心したように、私を避けることをやめた。

 十年が経ち、彼が姿を見せることはあまりなくなった。縁側に佇む彼を見て、茶の用意をすると彼は「ありがとう」と言って受け取った。立ち去ることも憚られ、暫く静かな時間が過ぎる。ややあって彼が口を開く。

「僕、あの頃君のことが好きだったんだよ。十六歳のガキなりに本気で君に恋をしてた。結ばれないのはわかってたし、これ以上好きになりたくて君を避けたんだ」

 十年越しに聞く真実だった。私は思わず期待した。そうしている自分に気付くことで、私は当時紛れもなく彼のことが好きだったのだと悟った。

「でも、大丈夫。もう君のこと好きじゃなくなったから、会えるよ」

 前を向いて笑う彼の目元は見えない。彼は自分の言葉の威力がわからないほど鈍感ではない。私を傷付けることをわかっていて、わざと言ったのだ。私はもう、傷付けてもいい人だから。

「そうですか」

 私は言って、彼が置いた湯呑みの水面を見た。先程置かれたばかりだというのに、驚くほど凪いでいた。