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 本家ですれ違ったかと思うと、直哉はわざわざ立ち止まり私の方を振り返った。

「俺のことなんて好きになるなや」

 何の脈絡もない言葉に眉をひそめる。別に私は直哉を好きだと言ったことはないし、現実に好きでもない。そもそも私と直哉の間に恋愛のれの字もないのだ。

「次期当主様やぞ。お前みたいなミジンコとくっつけるわけないやろ」

 直哉はどういうわけか、私の心配をしているらしかった。私が直哉を好きになったとしても、叶わぬ想いだから諦めろと。わざわざ忠告してくれるなど親切な次期当主様である。ここで私が直哉のことを好きではないと騒いだところで、直哉の思うつぼだろう。仮に私が直哉に想いを寄せているとして、問題は何故直哉が干渉するのかである。

「別に、私が片思いしてるだけなら問題ないような気がするんだけど……」

 直哉はいつものようにゴミ扱いをして私を退ければいい。叶わぬ恋を笑うなど、直哉が好きそうなことではないか。

「そうや、お前には叶わん片思いがお似合いや。けどそれに俺を巻き込むな」

 私はわけがわからずに言葉を止めた。私がいつ直哉を巻き込んだのだろう。今だって仮の話で、直哉を好きになったことなどないのだ。

 直哉は私の手を掴むと、自分の左胸に触れさせた。質の良い着物の奥で、直哉の心臓が力強く脈打っていた。まるで興奮しているかのような速さで。

「笑うか? これが今の俺や」

 直哉は心音に似合わず綺麗な表情をしていた。その自嘲的な言葉に、私は直哉の気持ちを察する。直哉は私のことを、恋愛対象として好いているのだ。

「お前もこんだけ辛い思い、したらええのに」

 血の薄い私と次期当主の直哉が結ばれるはずがない。だから直哉は、苦しんでいるのだろう。先程とは全く逆の言葉を放っていることに気付いているだろうか。直哉は多分、私を想う心も、私を嘲りたい心も、どちらも持ち合わせているのだ。

 何と言ったらいいかわからない私を見て、直哉は小さく笑った。その足音が去るまで、私は立ち尽くしたままだった。