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「どうして……」

 そこまでしてくれるの? 私は続く言葉を飲み込んだ。フィガロは人の体を尻に敷き、優雅に笑っている。

「好きな人に尽くすのに理由っている?」

 フィガロがのしてみせたのは異世界からやってきた賢者に反対する人物――魔法使いを嫌う者の中でも、さらに過激な人達だった。私が直接何かされたわけではないのだが、出かけて変な目で見られたということを昨日話してしまったからだろう。今日同じ道を通ったら、一人残らずフィガロに倒されていた。手加減はしているとはいえ、そんなことができるのはフィガロしかいない。フィガロも魔法使いとして差別されることには慣れているはずだ。私が冷たい目で見られることくらい放っておけばいいのに、フィガロはそれをしない。擽ったいような、居心地が悪いような気分になる。

「それとも、報われるわけじゃないのに何かするのはおかしいってこと?」

 私は虚をつかれたように目を丸くした。図星だった。フィガロが私を好きなことは知っている。だが私はその気持ちに応えられない。だから私に何かしても、私は同じものを返せないのだ。

「俺は見返りを求めてないってだけだよ。いやー、我ながら美しいね」

 冗談のように笑ってフィガロは立ち上がった。私もその後に続き、二人で魔法舎への道を辿った。私は気まずかったが、フィガロはご機嫌な様子だった。これではどちらが片思いをしているのかわかりやしない、と思った。

 時が経てば人は変わってしまうものである。自然にか、それともフィガロに転がされてから、私はフィガロと付き合ってもいいと思うようになっていた。彼氏となったフィガロは変わらずに読めない笑みを浮かべていたのだが、ふと私を押し倒す。

「そろそろ見返りをもらおうかな」

 好きでいた期間が長いから麻痺しているのだろうか。いくらフィガロが大人とはいえ、付き合ってすぐに事に及ぶほど私は慣れているわけではない。

「無償の愛って……!」

 私が言うと、フィガロは流れるように口にした。

「あれは付き合ってない時の話さ」

 動きを止めた私を了承したとみなしたのか、フィガロの手が伸びる。フィガロが滅私奉公をする紳士だなど、思った私が馬鹿だった。