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 佐久早に挨拶をされた。それ自体は大したことではないのだが、佐久早は私の好きな人なのである。人目も憚らずに飛び上がって喜んでいると、通りすがりのクラスメイト、ではなく佐久早が顔を顰めた。

「そうやってわざとらしく騒ぐのやめろ」

 佐久早は放任主義だった。私に好かれているとわかっていても何もしないし、私が騒いでいても何か言ったことはない。言わばこの一言は、普段の積み重ねが限界点を超えたことの証左かもしれなかった。私は知らない間に、佐久早に不満を溜めさせていたのだ。私は肩を落とし、大人しくなる。

「ごめん、佐久早のこと好きなのやめるから」

 迷惑なら佐久早から引いた方がいい。そう思っての言葉だったのだが、結果として佐久早を余計不快にさせたようだった。

「好きなのをやめろとは言ってない」

 眉間の皺は先程よりも深い。続きを待つように佐久早を見ると、佐久早は早口で言った。

「わかりやすく反応したら周りの奴らにからかわれるのがオチだろ。俺だけにわかればいい」

 要するに、わざとらしく反応されるのは嫌だが、私にそっぽを向かれるのはもっと嫌だということだ。いつも佐久早の周りをつきまとっている私が佐久早から離れていくことは、佐久早のプライドのどこかを刺激してしまうのかもしれない。

「もしかして佐久早、私に好かれて嬉しいの?」

 佐久早が怒ることも覚悟しての発言だったが、佐久早は意外にも冷静なままだった。

「嬉しいとは言ってない。ただやめるのは許さない」

 その自分勝手さに呆れながらも、喜びの方が勝る。

「やっぱり嬉しいんだ!」
「おい! 調子に乗るな」

 結果的に私はまたわざとらしく騒いでしまっているだろうか。だとしても、今だけは許してほしい。佐久早に必要とされる以上に、嬉しいことなどないのだから。