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 佐久早君の試合を観に行った時、佐久早君はいい顔をしなかった。それもそのはずだ。佐久早君は、今日の試合で負けたのだ。私の気持ちは一度の負け程度で変わるものではないのだけど、バレーに青春をかける佐久早君からしたら大きなことなのかもしれなかった。

「お前は俺の格好いい所が好きなんだろ。なら格好悪い所なんか見るな」

 佐久早君は前を向いたまま語る。その背中を見ながら、私は複雑な思いに囚われていた。男の人は、自分の矜持にこだわる。佐久早君を好きでいる私の前だからこそ、佐久早君は余計に気にしているのかもしれない。

「私は佐久早君なら何でも見たいよ」

 私が言うと、佐久早君は無機質な声で語った。

「重いんだよ、そういうのは」

 暫しの沈黙が訪れる。佐久早君は怒ってはいないけど、楽しくお喋りする気分でもないだろう。何を言っても癪かもしれないし、何を言っても届かないかもしれない。開き直った私は、素直な感想を述べることにした。

「佐久早君も人に好かれていたいとか思うんだね」
「は?」

 佐久早君が振り向く。その表情は困惑していた。

「格好悪い所は見るな、って人に好かれてたいってことでしょ?」

 佐久早君は恋愛にも人間関係にも淡白なイメージである。去る者追わず、という言葉が似合う。だが佐久早君も人並みに、周りから好かれていたいと思うのだと、私は感動していた。

「人に、じゃなくてお前にだろ」

 突如返された言葉に私は顔を上げる。佐久早君は気まずそうに俯いていた。その理由が負けたことではなく今の発言であることは明らかだ。私がその意味を理解しかけた時、佐久早君が遮るように口を開く。

「今日はもうこれ以上言うつもりはない。負けた後だしな。好きに解釈しろよ」

 佐久早君はそう言ってまた前を向いてしまった。もう話すつもりはないのだろう。私はそっと佐久早君から離れる。体育館の通路を歩きながら、佐久早君の言葉を噛み締めた。確かに、佐久早君と恋愛を進めるなら、負けた日ではない方がいいかもしれなかった。