▼ ▲ ▼
井闥山の学食は充実しているが、私の周囲の人間はお弁当派、あるいは購買派であることが多い。今日弁当を持たない私は、慣れない足取りで学食へと向かっていた。その途中で、見知った背中を見つける。
「あれ、佐久早も学食?」
佐久早の隣に並ぶと、佐久早は私を一瞥した後、何事もなかったかのように前を向いた。
「お前は俺と付き合えないんだろ。期待を持たせるようなことをするな」
「そっか……」
私は佐久早をフったことを思い出した。佐久早と私はただのクラスメイトに戻った気でいたが、一度好きになった気持ちを元に戻すことは難しいだろう。デリカシーがなかっただろうか、と反省して、私は一人で学食を食べる。
その一週間後のことだ。
「あ、佐久早今日提出の――」
ノートを集めようとした私に対し、佐久早は不快を露わにした表情で振り返った。
「だからそういうのをやめろって言ってる」
そういうの、とはこの間言った「期待を持たせるようなこと」だろう。
「話しかけるだけでダメなの!?」
「そうだ」
佐久早は平然と頷いているが、いくら何でも期待するラインが浅すぎる。話しかけられただけでその気になるなら、私は佐久早とクラスメイトとして生活できないだろう。
「それ期待する佐久早が悪くない!?」
佐久早に対して悪いのを承知で言うと、佐久早はきっと私を睨んだ。
「お前は俺をフった上に俺が惚れっぽい馬鹿だと言いたいのか?」
仮にも私の方が佐久早をフったのだ。佐久早に対する申し訳なさは少なからずある。多分、佐久早はその立場を理解してやっている。
「そこまで言ってないっていうか……佐久早他の人には普通じゃん」
逃げ道を探すように言うと、佐久早はふいと顔を背けて呟いた。
「お前だから特別なんだろ」
その響きがとても甘く聞こえて、私はフった立場だというのに今更佐久早にときめいた。
/kougk/novel/6/?index=1