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 潜入捜査員としての仲間である降谷君と親しくなったのはひょんな出来事だった。偶然同じ組織に関わり、壊滅後も何度も会議などで顔を合わせた結果、気が合うことが判定したのだ。恐らくは同じスリルを味わった、吊り橋効果というものだろう。似たような境遇に置かれた私達は付き合うのに都合がよかった。そして交際開始から数ヶ月経った今でも、夜の相手をせずにいた。

 降谷君には、その場で上手いことを言ってかわしている。降谷君は私がセックスを拒んでいることに気が付いているかもしれないが、その理由までは辿り着いていないだろう。ハニートラップの経験がある手前恋人とするのに引け目を感じる、くらいに考えているはずだ。だが私には、この世でただ一人降谷君とするには憚られる理由があるのだった。

「訳を聞こうか」

 ホテルの椅子にもたれ、降谷君は髪をかき上げた。私は遂にこの時が来てしまったと思った。ホテルまで来てもう逃れることはできない。また、降谷君も今日は知らないふりをするのではなくとことん向かい合うつもりである。私は諦めて顔を上げた。

「私は潜入捜査してる時に、したことがあるの」

 退屈そうな降谷君の瞳が私を捉える。その奥が、ぎらりと輝く時が来る。

「赤井秀一と」

 降谷君は暫く黙り込んだ。降谷君が赤井秀一と因縁があるのは周知の事実だ。付き合ったわけではないし、ほんの一回体を重ねただけ。それでも降谷君は比べられたと嫌がるのではないかと、思っていた。

「ちょうどいい。僕が君を抱かなければいけない理由ができた」

 降谷君は強い眼差しで私を見据える。いや、見ている先は赤井秀一なのかもしれない。

「いいか? 正直に言え。そして僕が良いと言うまで帰さない」

 降谷君は、比べられることを嫌がっていたのではない。むしろ望んでいたのだ。そして、性技までもで赤井秀一を越えようとしている。その判断員は、私だ。

 なだれるようにベッドに体を落とし、降谷君のキスが始まった。初夜とは思えない、激しい愛撫だった。