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 今日は佐久早の部活がオフであり、佐久早の家に行く約束をしている。家に上がらせてもらうのももう二度目だ。その道すがら、佐久早は小さく口を開いた。

「今日、してもいいか」

 その発言には、何らかの勇気が必要だったと思われる。現に佐久早は気まずそうにしていた。だが、私も佐久早と一線を越えるのには勇気が必要なのだ。佐久早はこの程度のことで私を見限ったりしないと信じて、私は正直に話した。

「まだ決心がつかなくて……」
「そうか」

 口では了承したものの、顔はあきらかにもどかしそうな表情である。佐久早も男の子だから、早くしたいという想いがあるのだろう。それでも急かしたりはしないあたり佐久早の優しさが窺えるのだが、顔に出てしまうのは末っ子だからだろうか。

「や、やっぱりいいよ」
「は? 何で今更」

 急に発言を撤回した私を佐久早は訝しむように見た。私はできるだけ佐久早の自尊心を刺激しないように言葉を選びながら、一歩踏み込む。

「だって佐久早あからさまに我慢してる顔するんだもん」
「してない。ていうかお前はそれで決心がつくのか」

 即座に答えた佐久早に対し、私はかなりの覚悟が必要だった。

「佐久早がそんなにしたいなら」

 少しの間コンクリートの地面を蹴る音だけが響く。向かいから軽自動車が来て、佐久早は私を道の端に寄せた。

「もうちょっと自分を大事にしろ」

 先程はしたいと言っていたくせに、まるで逆の言葉である。

「じゃあもう少し先でいい?」

 試すように私が見上げると、佐久早は顔を逸らしてぼそりと呟いた。

「……なるべく早くがいい」

 そう語る顔は確かに佐久早が末っ子で、愛されてきたことがわかる。その様子を見ていたら、自然と心が解けていくような気がしたのだった。