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「付き合ってるという実感がない」

 唐突にのたまった聖臣に、私は目を瞬いた後身を乗り出した。

「え、キスとかすればいい?」
「今すんな痴女!」

 恋人らしいことをすればいいという私の読みは外れたようだ。それにしても、痴女は言い過ぎではないだろうか。聖臣が純潔を求めるような人間だということは薄々気付いていたけれど。

 聖臣は佇まいを直すと、改めて私を見やった。その目は、何かを言いたげに細められている。

「お前、友達だった時と態度変わらなさすぎ」

 要するに、聖臣は私に不満があるのだ。「付き合っているという実感がない」というのも、私に原因があると思っているのだろう。ここで私が聖臣に対し乗り気で触れようものなら聖臣の求める処女像とは大きく離れるということは置いておいて、私は言い訳を口にする。

「だって聖臣が好きになったのは今までの私だから、露骨に変えたらあれかなと思って」

 私達は聖臣の告白をきっかけに付き合い始めた。聖臣の好きな私が以前の私だとするならば、私はそれから外れてはならない――変えようものなら、最悪聖臣の気持ちが離れていってしまうことだって想像したのだ。聖臣は不満を言葉に滲ませる。

「だとしてももう少しあるだろ」
「例えば?」

 私が聖臣を覗き込むと、聖臣は反抗心を顔に出したまま言葉を並べた。

「俺に話しかけられて嬉しそうな顔するとか、俺のこと追いかけてくるとか……」

 その途中で、思わず笑い出してしまう。聖臣の考える理想の私は随分可愛らしいものだ。こちらからキスをしようとして痴女と言われるのも納得できる。先程からこちらを睨む聖臣を、私は横から見上げた。

「聖臣の理想ってそういうのなんだね」
「馬鹿にしただろ今」

 別に馬鹿にしたつもりはない。何なら聖臣の理想に合わせようという気持ちもある。それでも目の前でむくれてみせる恋人が可愛らしくて、私はもう少し悪戯を続けることにした。