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 クラスの出入り口に立つ大きな影を見て、私は呆れてしまった。こうして何度も訪れるものの、目的は一つなのだ。そもそも私達は中学が同じだというだけで、特段親しいわけではない。

「影山君他クラスにもっと友達作りなよ。教科書忘れた時借りられないよ?」

 彼の求めた古典の教科書を差し出す。影山君はまだ受け取らず、私を見据えた。

「苗字さんが貸してくれればそれでいいじゃないですか」

 中学時代影山君が「王様」と呼ばれていたゆえんはこういったところにある気がする。圧倒的支配能力。確かに、私は学校に殆どの教科書を置いて行っているから私一人で事足りるかもしれない。とはいえ私だけに頼られると、思春期の男女としてむずがゆいものがある。

「何で私だけなの?」

 私が聞くと、影山君はきっぱりと言い放った。

「俺には苗字さんだけで十分です」

 恐らく影山君にそんな気はないのだろうが、少し重いように感じてしまう。いや、私が勝手に恋愛の方向に捉えているだけなのだろうけれど。この思考を吹き飛ばそうとした時、影山君が決定づけるように言った。

「苗字さんは俺以外に教科書貸さないでください」
「友達ってそんな独占的なものだっけ!?」

 私は思わず叫ぶ。影山君は教科書を貸すだけの関係を何だと思っているのだろう。私に恋愛感情があるのか、ないのか。そういった思考に囚われている時点で、私は影山君の手のひらの上なのかもしれない。「ありがとうございます」と教科書を片手に去ってしまう姿を、私は呆然と見ていた。