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「好きな人いる?」

 私が尋ねると、佐久早はイエスでもノーでもなく不平を口にした。

「いるって言ったら諦めるのかよ」

 そう語る顔は不満げである。まるで私が諦めることを許さないと言うかのようだ。いや、そもそも諦めるという選択肢がおかしいのだ。

「何で私が佐久早を好きな前提なの!?」

 悲鳴のように叫ぶと、佐久早は迷惑そうな顔で口を開く。

「好きじゃなきゃそういうこと聞かねぇだろ」
「ただの興味だし!」

 嘘だ。本当は佐久早のことが気になっている。いや、佐久早に反抗したいだけで、既に薄っすら好きであるとさえ思う。だが今は告白の時ではないのだ。こんな話の流れで、私は大事な告白を済ませたくない。頑なな私の様子を見て、佐久早は態度を改めたらしかった。

「じゃあ俺はお前が好きだけどお前が好きじゃないなら諦める」
「待って! 好き! 大好き!」

 少し前の決意はどこへ、私は佐久早を好きだと連呼している。タイミングが重要など嘘だ。好きな人に好きだと言われて、虚勢を張り続けられるほど私は器用ではない。佐久早は私を見て心底おかしそうに笑っていた。佐久早がそうやって笑うのを見るのは初めてで、私は暫くの間佐久早に見惚れていた。

「最初からそう言え」

 目を細めて言った佐久早に、私は反論も忘れてしまう。付き合う、付き合わないの話はできなかったけれど、それすらどうでもいい気がした。今わかるのは、私が佐久早を大好きだということだ。照れすら抱かない新鮮な感動の中、私は佐久早の表情を目に焼き付けた。