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 放課後の教室には佐久早しかいなかった。毎週水曜は体育館を後半から使うからという説明を佐久早はしなくなった。私もまた、教室に居座るために無理に課題を残す必要もなくなった。私達は窓際に並んでいた。背後からは運動部の掛け声が小さく聞こえていた。その喧騒が、私達の静けさを一層際立たせた。

「キスしてもいいか?」

 佐久早の声に、私は頷いた。

「うん……」

 私達は所謂両片思いという期間だった。誰が見ても佐久早が私を好きなのは明らかで、私が佐久早を好きなのは明らかだった。佐久早とのファーストキスは雰囲気に呑まれて行うのも悪くない。私が目を閉じようとした時、佐久早の声が空間を切り開いた。

「じゃあ今すぐ俺に告白しろ」
「何で今?」

 私はすっかり冷めた気持ちで佐久早を見上げる。佐久早は興奮しているどころか、至って冷静な表情で私を見つめていた。

「お前雰囲気で誤魔化す気だろ。なあなあな関係にはさせない」
「それなら佐久早から告白してよ!」
「お前の方から好きになったのに俺が告白するわけあるか」
「佐久早だって私のこと好きなくせに!」

 要するに、佐久早は私のことが好きなのだ。好きだから、雰囲気任せでキスなどをして関係性を有耶無耶にしたくない。その気持ちは理解できるが、何故自分から告白しないのだろう。佐久早の言い分を聞いていると、私を見下しているようにしか思えない。

「もうムード台無しじゃん!」

 私は前を向き、大声で嘆く。すると視界に黒い物体が横切り、唇を奪われた。佐久早が隣から私の顔を覗き込んでいたのだと気付いたのは唇が離れた後だった。私は呆れすら感じながら口を閉じる。すっかり怒りは抜けていってしまった。

「佐久早って変なところこだわるくせにキスはその場任せなんだね」

 付き合う・付き合わないにこだわる佐久早ならきっと、二人での初めてのキスはロマンチックにするものだと思っていた。半ば嫌味のような私の一言は佐久早に効いたらしい。佐久早は私の肩を掴むと、欲を丸出しにして私の唇に噛み付いた。佐久早が雄だと感じさせるような、深いキスだった。