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 私は現在、佐久早と対峙していた。佐久早の目は心なしか怒っているようである。その原因は私にあった。

「好きなのに触れられないってどういうことだよ」
「穢したくなくて……!」

 私達は付き合っているが、一向に触れられないのだ。キスは勿論、手を繋いだこともない。それらは偏に佐久早に触れるのが憚られるせいだった。ずっと憧れていた人が自分の彼氏になって触れられる距離にいても、すぐに触れるものではないだろう。

「俺が汚いって言いたいのか?」

 佐久早は不服のようである。彼は潔癖なので、自身を否定されたように感じたのかもしれない。

「勿論佐久早は綺麗だけど! 綺麗すぎて!」

 私は慌てて否定する。潔癖の佐久早が私に触れられるのに私が佐久早に触れられないなどおかしな話だ。

「それを言うならお前の方が綺麗だろ」

 真顔で言ってのけた佐久早に、私はしみじみと噛み締める。

「よくもそんな歯の浮くようなセリフを……」

 佐久早はロマンチストの対極にいるような男だ。まさかテンプレートのような台詞を聞くことになるとは思わなかった。佐久早は私の言葉を無視し、距離を詰める。

「うるさい。いいから触れ」

 手を掴まれ、佐久早の体に誘導されて私は悲鳴を上げる。

「ぎゃあ!」

 佐久早が触れさせたのは、自身の胸だった。いきなり胸はハードルが高すぎる。そう思っていたのに、私は佐久早の鼓動が速いことに気が付く。

「俺だって緊張してんだよ……」

 顔を逸らして言う佐久早は等身大の高校生男子そのもので、思わず胸がときめいた。しかしこのときめきを味わわせるには佐久早の手を私の胸に当てるしかなくなってしまうので、それは今度にする。