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 佐久早聖臣とは奇妙な男だった。告白した私に、「お前のことは別に好きじゃない」と言った後に、「でも好きだけが恋愛じゃないと思う」と述べたのだ。私は目を瞬いた。フラれたと思った次の瞬間、フォローのような言葉を言われた。要するに、佐久早は好きではないが私と付き合いたかったのである。それはもう私のことが好きなのではないかと思うが、佐久早にとってはそうではないらしい。そもそも、佐久早は恋愛をよく理解していないらしいのだ。佐久早と付き合って、恋人同士になれたとしても、世間一般のカップルのように仲睦まじくすることは不可能だと思っていた。かりそめでも佐久早を自分のものにできたらそれでいいと思っていたのだ。しかし、佐久早は私に手を伸ばした。

「キスがしたい」

 私は動きを止めて、佐久早を見返す。佐久早に恋愛感情はないはずだ。ならば性欲からだろうか。

「セックスじゃなくていいの?」

 私が言うと、佐久早は怒ったように眉を寄せた。

「段階ってもんがあるだろ。いきなりそんなことするつもりはない」

 私はますます佐久早のことが理解できなくなった。欲でもないのなら、何故私に触れたいと思うのだろう。佐久早は私のことを、何とも思っていないはずなのに。

 視線で伝わってしまっていたのか、佐久早はきまり悪そうに視線を逸らした。

「今でも好きとかはわからない。でも、お前が俺を好きならしてやりたいって思う」

 佐久早は慈善事業のように、私へ施しをするらしい。その私への情けは、本当に恋愛感情とは切り離せないものだろうか。佐久早が恋愛に疎いだけで、十分好きであるという可能性もある。しかしここで指摘するよりゆっくりと育てたくて、私は静かに目を閉じた。

「いいよ」

 その時の佐久早の欲情した顔を、私はついぞ見ることがなかった。