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「家を買った」

 そう言われた時、私達の関係に終わりが来たのだと思った。賃貸ならともかく、家を買うような人間は将来を共にする人がいるのだろう。私達の関係性は曖昧に始まり、いつのまにか何年も続いてきた。名前をつけるならセフレというところだろうか。男女としての拘束力はなく、ただ会ってセックスをするだけの関係性。私の他にも女はいるのだろうと薄々思ってはいたけれど、本命と人生を共にするまでに至っていたのだ。気持ちは持ち込んでいなかったはずなのに、猛烈に悔しいと思った。敗北感だけではなく、寂しさも感じていた。私はこれから、佐久早と会えない。もはやセックスはどうでもよく、私は佐久早と会うことに意味を見出していたのだと気が付いた。佐久早は私の気も知らず、ポケットから何かを取り出す。

「それでこれが鍵だ」

 私は暫くの間、まだストラップも何もない鍵そのものを凝視していた。一人で暮らすための家を買うはずがない。本命と愛を育むための家に、何故セフレである私を招待するのだろうか。

「いい。受け取れない」

 私が断っても、佐久早は食い下がった。

「受け取れよ。拗ねてるのか?」

 もしかして私の気持ちは佐久早に知られていて、同情されているのだろうか。だとしたら情けないことだ。佐久早と佐久早の本命と三人で、絶対にやっていける気がしない。

「彼女との家なんでしょ」

 私が言うと、佐久早は当然だと言わんばかりに胸を張った。

「俺とお前の家だ」
「は!?」

 私は口を開いたり、閉じたりした。何故佐久早は私に何も言わず家を買ったのだろうか。そもそも、私達は同棲するような仲ではない。確かにセックスはしていたけれど、名前で結ばれた関係性ではないのだ。

「私達、付き合ってないよね?」

 私は震える声で確かめる。普段なら付き合いたいと思うのだが、この日ばかりは付き合っていないと言ってほしいと願った。

「もう付き合ってるみたいなもんだろ」

 その曖昧な関係性で、家を買うだろうか。呆然とする私の目の前に、佐久早は鍵を叩きつける。

「3LDK、子供ができるまではどこの部屋も自由に使えばいい。俺に寂しい思いをさせるなよ」

 佐久早はベッドを去ってどこかへ消えてしまった。私は今になって、喜びが湧いてくる。佐久早とは何でもなかったはずだけど、この機に乗じていいだろうか。私達の未来はきっと明るい。