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甘い匂いの漂う調理室で一人肩を落とす男がいた。その巨体の持ち主はバレー部のエース、佐久早である。スポーツは勿論、勉強など大抵のことは簡単にこなす佐久早だが、どうやらお菓子作りは苦手だったらしい。皿洗いに勤しむ背中にそっと近づく。
「こんなのお前が好きな俺じゃない」
佐久早はそう言いつつも手を止めなかった。言葉だけ聞けば、随分驕った発言だ。佐久早は私が佐久早を好きであることを知っている。実際にそうなのだからいいのだけど、この状況でも佐久早節が出せるのは流石というところである。私は皿の一つに手を伸ばした。
「うーん、私は好きになったきっかけがクールな佐久早だだだけで、今はどの姿を見ても格好いいと思うけど」
佐久早が洗い、私が拭く。私達は完全なコンビネーションを見せているように思えた。実際はお菓子を作っている別の班員の方が主役なのだけど。
「でも俺はお前の前で格好つけていたいんだよ」
今日の佐久早は弱気なのか強気なのかわからない。このようなことを言われると、まるで佐久早は私の好意を必要としているようだ。
「別に付き合ってるわけじゃないんだから私に好かれる必要はなくない?」
私が聞くと、佐久早は音を立てて水道の栓を捻った。
「俺には必要だ」
それが皿洗いの終わった合図であるということを理解するのに少しかかった。私は別のことで頭がいっぱいになっていたからだ。「好きでいろよ」と言う佐久早は弱々しくて、庇護欲にかられる。本当は佐久早が抱いている感情の正体をつきとめなければいけないのだろうけれど、私はそれを見過ごした。なんとなく、菓子作りができなくて落ち込む佐久早に追い討ちをかけるのは悪い気がしたのだ。今はただ、佐久早を甘やかすことにする。
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