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「どうして俺をフったんですか?」

 気付けば佐久早君が隣の席に来ていた。私は時間稼ぎをするように、目の前のグラスを手に取って飲む。佐久早君がこのような女々しいことをするのは少し意外だった。

「佐久早君って意外に未練がましい?」
「原因がわかれば次は別れずに付き合えるので」

 佐久早君の目は真剣である。私は漸く、佐久早君がしたいことは私を責めることではなく私とやり直すことなのだと気付いた。私達が付き合っていたのは高校生の間の、ほんのひとときであったはずだ。確かに佐久早君は中途半端な男ではないけれど、後に引きずるわりには当時随分あっさりと別れたものだ。

「私の気持ちは構わないんだ」
「もう俺のことを好きじゃありませんか」

 もはや会話すらせず、私に問いかける。佐久早君を見れば、捨てられた子犬のような顔をしていた。なんとなく、かつての私が報われた気がした。

「もしかしたら私は、佐久早君のそういう顔が見たくて付き合ってたのかもしれない」

 バレー部のエースでクールな佐久早君に、いちいち顔色を窺われるようなことがしたかった。私が優位に立っていたかった。私の方が先輩なのだけど、佐久早君はまるで後輩らしさを見せていなかった。

「漸く佐久早君に勝てた気がする」

 私が得意げな顔をすると、「好きになった時点で俺が負けてます」と佐久早君が言った。真剣に勝負をする気があったのだと、私も驚いたものだ。