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 私が転びそうになり、それを支えようとした佐久早が身をかがめた。礼を言おうとして顔を上げた瞬間、私達の唇は合わさってしまった。佐久早も私も目は開いたままで、虚を突かれた猫のように丸い目をしていた。

「最悪だ」

 漸く体を離し、佐久早は苦々しげな表情を作る。元はと言えば私が転んだせいなので居心地の悪さを感じながらも、私は開き直った。

「何それ! 喜んでよ! 私のこと好きなくせに」

 最後の一言は禁止カードというものだろうか。だが佐久早は別に私が好きだと隠していないのだ。ならラッキーなことではないか。私が言うのは違うかもしれないけれど。佐久早は眉を寄せ険しい表情を作った。

「好きだから事故でなんかしたくないんだろうが」

 佐久早の真剣さに気圧される。佐久早はそこまで私のことを好きでいてくれたのだと、今更ながらに実感した。嬉しいはずのことなのに、佐久早の気持ちに応えなければと思うと不思議と肩に力が入る。私は責任から逃げるようにおどけた声を出した。

「ちなみにファーストキスじゃないから大丈夫だよ」
「何も大丈夫じゃない」

 そう言う佐久早はファーストキスだったのだろうか。いかにも恋愛は初めてという雰囲気だから、きっとそうなのだろう。私は多分、佐久早のファーストキスを奪えたことを嬉しく思っている。

「そんなに嫌なら、事故キスじゃなくすればいいじゃん」

 佐久早の穿つような目がこちらを見る。私は告白するかのような勇気を持って口を開いた。

「佐久早の意志で、すればいい」

 佐久早の顔つきが変わる。この先私達が付き合うのか、キスだけするのか、はたまた何も起こらないのか。佐久早に任せてみるのも、悪くはないと思った。