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 テストが近付いた。今回は期末のため、実技科目のテストまであるのだ。誰もが緊張を走らせる中、教室の片隅で甘い雰囲気が漂った。

「佐久早君、バレーのルール教えて」

 佐久早に近付くのはクラスでも一軍の派手な女子である。恐らく、佐久早に気があるのだろう。今回の体育の出題範囲はバレーなので、バレー部だということをとっかかりに佐久早に近付きたいに違いない。佐久早は、彼女を一瞥すると冷たく言い放った。

「ルールなら教科書に載ってるしそれを暗記すればいいだけだと思うけど」

 女子は固まった様子だったが、やがてフラれた後のように走って退散した。少なからず彼女のプライドを傷付けてしまったのは確かだ。隣で一部始終を見ていた私は、そっと佐久早に話しかける。

「ダメだよ佐久早、アレはルール教えてって言ってるんじゃなくて話をする口実が欲しいだけなんだから」

 佐久早だってそのくらいのことはわかっているのではないだろうか。佐久早は平然と次の科目の教科書を出した。

「それならそうと言えばいい」
「言えないからやってんでしょ!」

 佐久早は女心を理解していない。仮に好きな人がいたとして、佐久早なら「話をしよう」と直球に言えるのだろうか。言えそうだからややこしい。

「そもそも話って何だよ」

 佐久早は面倒臭そうに言う。好きな人と話すなら、何でもいいに違いない。

「こう……世間話?」

 私が首を捻ると、隣の佐久早が私を見た。

「今みたいなやつか?」

 その言葉に呼吸が止まる。私達はただの隣人であるはずなのに、勝手に少女漫画の登場人物にされた気分だ。佐久早だって私に気持ちはないだろうに、そういう雰囲気にするのはやめてほしい。

「ちょっとやめてよ、私が下心持って話しかけたみたいにするの」

 すぐさまその空気を断ち切ると、佐久早は不思議そうに「好きじゃないのか?」と聞いた。

「好きじゃないよ!」
「ふうん」

 心なしか不満そうに見えるのはどうしてだろう。そうやって無意識に私が佐久早を好きで当たり前だと思っているところが、少し憎たらしい。などと意識したら負けなのだろうか。難しい男を相手にしてしまったものだ。