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 一人で飲んでいる時に、不意に目が合った。きっかけとしてはそれだけなのだが、熱を上げさせたのは彼が好みの見た目をしていたからだろう。ウェーブのかかった髪に大きな垂れ目は、どこかエキゾチックであるように思えた。

 私は酔ったふりをし、彼とホテルになだれ込む。橙色の間接照明が彼の肌を色っぽく照らした。本当はこれほど簡単に男と同衾する性格ではないと説明したかったけれど、それも野暮に思えた。何度か交わった後、私達は解散した。連絡先は交換しなかった。彼のことは気に入っていたけれど、そういう形もありだと思った。私の中ですっかり彼は一度きりの過去の人ににっていたのだ。思い出すと腹の奥が疼くような熱さを抱えたまま、日常生活へと戻る。見慣れないフロアはまるで別の会社のようだ。別部署への用事があって来たはいいものの、私はまるで迷子のようになっていた。すると私の元へ、明らかな意思を持ってひとりの男が立ちはだかる。

 彼だった。目を見ればわかった。体を重ねたくせに、私は彼の体つきではなく顔を見ていたのだと思った。高鳴る胸とは別に、私の脳が危機信号を発する。ここにいるということは、少なからず会社に関係があるということだ。よく見れば社員証すらぶら下げてしまっているではないか。私が避けようとすれば彼も動き、暫くの間無意味な攻防が続いた。やがて彼は諦めたように息を吐くと、私を人のいない方へ連れて行った。

「何で逃げる」

 社員証には、佐久早聖臣と名前があった。そういえば似た名前のバレー選手がいたことを思い出した。

「だって、私達はあれきりで……」
「終わらせなければいいだろ」

 私の言葉を遮るように、彼――佐久早さんは言う。しかし、私の中で佐久早さんは一晩の男なのだ。思い出にした男と会社で過ごせと言われても難しい。佐久早さんは眉を寄せた。

「何で知らない男とはセックスできて俺と恋愛はできないんだよ」

 そう語る顔は酷く不快そうだ。私は初めて、佐久早さんのことを可愛いと思った。私は彼の雄の部分に惹かれるのみで、性格や行動はまるで見ようとしなかったのだ。

「佐久早さん、私と恋愛がしたいの?」

 酷く自意識過剰なことを言っている自覚はある。佐久早さんは目を逸らすと、「悪いかよ」と言った。

「俺は好きじゃない女なんて抱かない」

 佐久早さんが私を同じ会社の人間だと知っていたのかは定かではないが、酒の席で目が合っただけで好きになる人など実在したのだと、私は新鮮な驚きに満ちていた。