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 佐久早と二人きりになった。それは偶然ではなく、佐久早が意図して行ったことなのかもしれなかった。梅雨頃の教室は湿り気に満ちていて、時折エアコンの風が私達を冷やす。佐久早が私との距離を一歩、また一歩と詰めるたびに、私は頭の処理が追いつかなくなった。

 不意に体を掴まれた。それは引き留めるためと言うより、抱きしめる前段階のように思えた。私は咄嗟に佐久早の腕を振り払ってしまう。佐久早は付き合ってなどいないのに、私に拒否されるのが心外だとでも言わんばかりの表情を浮かべた。

「お前が俺のこと好きだって言ったよな」

 これは形を変えた脅迫である。普通告白されたことは、もう少し嬉しそうに語るものではないだろうか。佐久早は不快を露わにし、私に迫っている。私が後退りするたびに、上履きが床と擦れる音が響いた。

「ま、まだ心の準備が……!」
「好きならできるだろ」

 佐久早の顔がさらに寄る。佐久早がしたいのはハグではなくキスなのだと今更ながら察知した。逃げようとしても佐久早がそれを許さない。佐久早理論である。そもそも私は告白したが、佐久早がどう思っているかは全く知らされていないのである。

「佐久早って私のこと好きなの?」

 私にとって今日一番の抵抗だった。佐久早と私が平等ではないことはわかっているが、せめて気持ちは知ってあきたかったのである。

「わかれよ」

 佐久早は逃げた。人の気持ちはしつこく言及するくせに、本当に狡い男だと思った。それを口に出すことなく佐久早の唇が近付いて、私の口は遂に封じられてしまった。