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 珍しく晴れた一日だった。とはいえ夜になると涼しいことに変わりはなく、爽やかな風が夜空を吹き抜けている。先程食べたイタリアンで腹は満たされていた。今は食後の運動というところだろうか。歩道沿いの川は対岸の光を丁寧に反射している。聖臣は突然立ち止まると、背中越しに語りかけた。

「お前がいると俺は幸せなんだ。だから一緒にいてくれ」

 プロポーズだ、と思った。なんとなく、今日が始まった時点でそのような気はしていたのだ。だが聖臣はレストランで小箱を出さなかったし、今も指輪を用意している気配はない。もしかしたら、断られることを恐れて買っていないのかもしれない。慎重な聖臣にありそうな話だ。私は体を反転させ、聖臣を視界に入れた。

「普通幸せにするって言うんじゃない?」

 聖臣は案外照れた表情をしていなかった。普段口喧嘩をしていてむきになって言い返す時のような口振りで、聖臣は言い訳を口にする。

「お前がジューンブライドに憧れるって言ったんだろ」

 さて、それはいつの話だったか。少なくとも結婚を意識するような歳の頃ではないことは事実だ。私は聖臣の目につくような所に結婚雑誌を置いたりだとか、そういうタイプではないのだ。

「俺は幸せになりたい」

 直接的な言葉は避けているが、一生一緒にいてくれ、と同じなのだろう。自分の素直な欲求で表すのが聖臣らしかった。付き合っていなければ、一見クールな聖臣が欲に素直など知らなかっただろう。これからも、聖臣のことを知っていきたいと思う。

「私も」

 私が言うと、聖臣は漸く歩き出して私の手を取った。指輪の代わりに、今は聖臣の手がそこにあった。