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「及川が帰国した」との連絡は花巻から届いた。指定された場所に向かうと花巻はおらず、決まりの悪そうな顔をした本人だけかぽつりと佇んでいた。花巻から誘われたから、という大義名分もなくし、私達は立ち尽くす。「歩こっか」と及川が言い出し、私達は東京湾に沿うように動き出した。

 及川は何も言わなかった。何しろ会うのは数年ぶりなのだ。距離を測りあぐねているのはお互い様だろう。及川の半歩後ろを私が歩く。無言の攻防が続いた後、及川は口を開いた。

「実はさあ、俺結構帰国してたんだよね」

 水面が陽光を反射して眩く煌めいた。私は及川ではなく東京湾を見ていた。ずっと海の向こうにいた及川が、今は海のこちら側にいると思うと変な気分だった。

「正月とか、身内に何かあった時とか、色々」

 及川は声色を落としながら言う。私は漸く顔を前に戻すと、それらしい表情を作った。まるで、ずっと恋人を待ち続けていた女のような。

「何で会いに来てくれなかったの?」

 本当は、私に言う権利はない。私達は一度別れたのだ。だが決して嫌いになって別れたわけではなかった。むしろ好きだからこそ将来を思って別れたのだ。及川は私にとって特別なままである。及川も同じであると証明するように、及川は目を細めた。

「俺がお前に会いに行ったらそのままじゃいられないだろ。会うのは覚悟が決まった時って、決めてた」

 少しの沈黙が流れる。私に何かを思わせるには十分な間だった。高校生の頃、及川に雑なサプライズをされたことを思い出す。あれから、随分と話が上手くなったものだ。

「結婚してくれる? って、俺がお前に伺うのも変か」

 及川は最後まで及川だった。付き合う前も、付き合ってからも、私が及川ばかり追いかけていたことを思い出しているのだろう。当時のような主従関係はもうなかった。

「断るかもよ」

 私が言うと、及川は悪戯な表情を浮かべる。

「嘘つけ。嬉しいくせに」

 もう私に演技などできず、素直に喜びの表情を顔に出す。あの頃よりずっと深くなった気持ちが、心の奥から湧き出ていた。