▼ ▲ ▼

「抱きたい」

 幼馴染の佐久早にそう言われた時、私はさして驚かなかった。

「いいよ」

 佐久早もお年頃であるし、そういったことに興味が湧いたのかもしれない。私の知る限り佐久早とは古森とは対極的な、内向的な男だ。彼女を作ってセックスまで及ぶことは難しい、あるいは面倒かもしれない。その点私ならば簡単だと思ったのだろう。佐久早は距離を詰めると、私を包み込んだ。

「あ、そっち?」

 佐久早の腕の中で、私は拍子抜けした気分になる。「抱く」とはてっきりセックスのことだと思っていたのだ。経験の浅い佐久早にはまだ早かったかもしれない。私の心中を見透かしたかのように、佐久早が鋭い声を出した。

「簡単にできると思うなよ。男にも準備とか覚悟とか必要なんだからな」
「付き合う気?」

 私は目だけを動かして佐久早の方を見た。ただ一回するだけなら、そこまでの覚悟はいらないだろう。佐久早の言いぶりだと、まるで嫁にもらうかのようである。

「付き合ったら悪いのか」

 体を寄せ合っているので見えないが、今私は佐久早に睨まれていることだろう。私は咄嗟に「ううん」と声を出した。自然と交際の流れになってしまったが、まあいいだろう。

「早くできるといいね」

 決して佐久早と付き合いたいなどという下心ではなく、本心から私は佐久早を応援した。佐久早は腕の力を強めると、私の耳元で呟いた。

「子供扱いしやがって……」

 私達は同い年であるが、経験は私の方が上である。子供扱いしているように見えたのなら、佐久早が初心すぎるせいだろう。

「いつか絶対抱く」

 そう言って私を抱きしめる佐久早が可愛くて、私は思わず笑いそうになった。しかし声に出しては余計怒りを買ってしまうので、来る日を楽しみに待つのだった。