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及川が日本に残る最後の日、及川はへらりとしていた。将来の約束をするか、しおらしい別れ話をするものと思っていた私は少し意外だった。付き合っていると思っていたのは私だけだったのだろうか。いや、特別な存在でなければ出発前日に二人で会うなどしないだろう。
「俺、お前と喧嘩してから行こうと思ってたんだよね」
及川はどこか吹っ切れたようで、悲しそうな顔をしている。しかし声は妙に明るいものだった。そのちぐはぐさが私を動揺させた。いや、それだけではないだろう。
「そうしないとお前俺のこと待つでしょ」
及川に見られ、私は立ちすくんだ。図星だった。及川がアルゼンチンに行ったら、私は及川のことを待つだろう。何年先でも、他の恋愛をせずに。何故なら私が及川のことを好きだからだ。及川は斜め上の方を見て、独り言のように言った。
「でも考えたら喧嘩してくって、甘えなんだよな。言いたくない俺の」
段々及川が何を言いたいのか理解してきて、背筋を冷たい汗が伝う。及川が言いたくなかったこと。言えなかったこと。でも、私のためなら言えること。
「別れよう。俺のことは待つな」
唇を噛んで下を向いた。一番言われたくない言葉だった。別れるだけならまだしも、待つことすら許されないのだ。それは及川を忘れろと言われるのと同義だった。及川も言いたくないと思うくらい抵抗があることがまた、私の寂しさを加速させた。
「わかった」
結局、認めるほかないのだ。及川は私のために区切りを用意してくれた。多分、及川は誰よりも私の幸せを祈っている。素直に幸せになるのが私の役目なのだ。及川は寂しそうに笑っていた。明日になったら忘れられればいいのにと思った。
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