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「わー! 好き!」

 それは体操着を忘れた私へ貸してくれると申し出た友人に対してだった。特に深い意味はなく、感謝の意を伝えようとしたら「好き」という言葉が出てきたのだ。だが年中私に好きだと言われているこの男は、意外にも「好き」に敏感であるらしかった。

「お前の好きはそんな安いもんなのか」

 今の佐久早にはふてぶてしい、という言葉が似合う。好きと言われることを当たり前だと思いつつ、その内容に文句を言っているのだ。先日付き合うことになった一件がなければ私は文句を言っていただろう。

「俺への好きは毎回本気じゃなかったのかよ」
「いや、そんなことは……」

 後ろめたいというより驚いて口ごもる。佐久早が私の好きだという言葉をそれほど気にかけていると思わなかったのだ。それではまるで、佐久早が好きだと言われたがっているようだ。期待するような視線を向けると、佐久早の刺すような視線が飛んできた。

「ちなみに俺の好きは死ぬほど重い。一回言ったら残り五年はつきまとう」
「ヒッ……!」

 そういえば佐久早と私は両思いになったのだった。「好き」という言葉の重みの違いが、私達の間に軋轢を生むのかもしれない。

「俺をその気にさせた責任はとってくれるんだろうな」

 要するに、佐久早は好きになったのだから嫉妬させるようなことはするなと言いたいのだ。それをこんな上から目線で言う人がいるだろうか。私は思わず笑いそうになった。しかしそれでは佐久早を余計怒らせるとわかっているため、素直に頷くに留めた。佐久早は「よし」と言って次の授業の準備体勢に入る。我ながら、面倒な人を好きになってしまったものだ。