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 現在、井闥山高校二年は浮ついた空気で満ちていた。今日はバレンタインでもクリスマスでもない。七夕である。何故七夕で色めきだっているかというと、名前のない短冊に「佐久早君と付き合えますように」と書いてあるのが発見されたからなのだ。ある意味公開告白とも言える願いに、一同は騒ついている。しかし一番動揺しているのは私だろう。何と言ったってその短冊を書いて吊るしたのは私本人なのだから。

 本当は、「テストでいい点を取れますように」と書いたものを吊るすはずだった。ところが興味本位で建前ではない本当の願いを書いてしまい、そのまま捨てるはずだったものを間違えて吊るしてしまったのだ。気付いたところで後の祭り。既に噂は広まっているし、佐久早君の耳にも入ってしまっていることだろう。佐久早君は噂の中心だというのに、落ち着きはらった表情をしていた。誰かに想いを寄せられていることなどどうでもいいのだろうか。

 私が俯いた少しの間に、佐久早君はこちらへ近付いてきていたらしい。突然の声に顔を上げると、そこには佐久早君がいた。

「違ったら悪いんだけど、これ苗字さん?」

 佐久早君の手には、例の短冊がある。笹から千切ってきたのだろうか。いや、問題は私が書いたと佐久早君に知られていることだ。私は少しの痕跡も残さなかったのに、どうして辿り着いたのだろう。

「何でわかったの?」

 もはや否定することもしない。素直に尋ねると、佐久早君は少し恥ずかしそうに視線を下げた。

「俺も苗字さんのこと見てたから」

 はい、と短冊が渡される。今度は笹にではなく、佐久早君本人に渡してもいいだろうか。多分、その方がきっとうまく行く。再び短冊を握りしめ、私は決意をした。