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 それは部活の合宿を終え、学校近くの乗り換え駅にて次の電車を待っている時のことだった。

「なあなあ侑、誰か女の子ナンパしてこいや」

 次の電車までは数十分ある。暇つぶしにか、侑はナンパを命令された。確かに侑は女に持てはやされる顔をしているし、実際ナンパもしたことがある。だが今は疲れているし、そういった気分にはなれなかった。

「えー、自分でしてくださいよ」
「イケメンがするからええんやん。あ、あの子とかええんちゃう?」

 面倒くさいことになった、と侑は思った。先輩であるためにあまり無下にするのも憚られる。先輩が指差した方にいる女性は、後ろ姿でもなかなか可愛いように思えた。ここは適当にナンパして、先輩達には近くで見たらやっぱりブスでしたとでも言っておこう。

 侑は気乗りしない気持ちで女性へ近付くと、「お姉さん今ちょっとええですか?」と後ろから声をかけた。女性はつけていたイヤホン外し侑を振り返る。その瞬間、侑は言葉を失った。

 女性の顔は現在侑が秘密裡に付き合っている相手――苗字名前とそっくりだったのである。顔だけではない。侑を蔑む目線も、「何ですか?」と言う声も名前そっくりだ。

「いやー……あのぉ……」

 侑は思わず言い淀んだ。まさかこんな場所で名前に出会うと思っていなかったのだ。しかも侑はナンパをしに来ている。一体何と言えばいいのだろう。助けを求めるように後ろを振り返ると、行けと言わんばかりに先輩が拳を掲げていた。これはすぐに戻るのは無理そうだ。

「お姉さん今何してるんかなって、思ったんですよね、はい」

 ナンパにあるまじき滑舌の悪さで侑は語る。この情けない姿では、バレー部一のモテ男の名が泣くことだろう。

「彼氏に構ってもらえないんで一人で街に出てきたところですわ」

 侑は冷や汗をかく。まずい。侑はナンパをしに女性に声をかけたということが名前に勘付かれてしまっている。しかし今ここで先輩に強制されて仕方なくやっただけや、堪忍ななどと言えば後ろの先輩達に名前との仲を勘ぐられてしまうことだろう。名前との仲は秘密にするという約束で付き合っている以上、それは困る。しかも最近構ってやらなかったからか名前は相当拗ねているらしい。侑は名前のご機嫌とりに徹することにした。

「お姉さんめっちゃかわええからそら彼氏おるんやろな〜! 服とかもごっつセンスええもん!」
「ほんまに、彼氏の一人や二人いてもおかしくないわ」

 名前と侑は声を合わせ高らかに笑う。しかし心臓は途轍もない速さで脈打っていた。今、侑は暗に二人目の彼氏がいてもおかしくないと言われたのだ。侑は彼氏として戦力外通告をされたに等しい。なんとかこの状況を打破できないかと侑は考えを巡らせる。

「でも二人目作ったら彼氏悲しむんちゃう? お姉さんスポーツもできるイケメンの彼氏いそうやん? そんな彼氏逃すなんてもったいないと思わん?」
「部活行く言うて女ナンパしてるような彼氏やから大丈夫や! ラインブロックしとこ!」
「え、ちょちょ!」

 名前はスマートフォンを取り出し侑をブロックする。すかさず侑は自分のスマートフォンを取り出すと縦に振った。

「いや〜お姉さんめっちゃ好みやわ、ライン交換せん?」
「ええけど私のラインは高くつくで?」
「何でも言うてや!」

 侑は必死に名前に縋る。もう後ろで見ている先輩のことなどどうでもよくなっていた。

「後でこの状況の説明と謝罪と詫び石のダッツ二個でええよ」
「そんなん簡単や〜!」

 侑は大喜びでラインを交換し、電車が来たからと名前に別れを告げた。実際、このタイミングで電車が来たのはよかったのか悪かったのかわからない。しかし、これでひとまずは名前を繋ぎとめることができたはずだ。侑は安堵のため息を吐いた後、帰った後のことを思って一人静かに項垂れた。