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「お前馬鹿だろ」

 はいでもいいえでもない。私の言葉を聞くと、及川は心底呆れた目で私を見下ろした。

「このタイミングで俺に告白する?」

 及川の声が響く。教室には誰もおらず、少し空いた窓の隙間からカーテンがふわりと揺れていた。登校する者が少ないゆえに給油を忘れられた石油ストーブが寂しそうに佇んでいた。

 現在は一月、及川がアルゼンチンに行く三ヶ月前だ。及川がアルゼンチンに行くという話は既に広まっており、多くの女子が悲しそうな顔をした。今は避けられているが、卒業式の日には告白の大合唱が起こるだろう。多くの女子は、たとえ今告白して成功したところで三ヶ月後に現実に戻るのなら夢を見たくないと考えているに違いない。

「俺は日本に未練なくアルゼンチンに行きたいんだけど」

 そう言う及川は、少しの恥じらいもなかった。及川の言葉を一つずつ噛み砕いて、彼が私の告白に少なからず心を動かしてくれたのだと知る。

「私と何ヶ月か付き合ったら、及川は未練残るの?」
「当たり前だろ」

 私の三年間は間違ってなかったと少し喜んだ。しかし今更及川がアルゼンチンに行くことはどうしようもない。過去に戻れるわけではないのだ。三ヶ月後に別れるさだめでも、私は今の幸せが欲しい。

「じゃあ、未練残ってもいいので付き合ってください!」

 私が頭を下げると、及川は恋愛の場とは思えないしみじみとした声を出した。

「お前のそういう身勝手さは本当に羨ましくなるよねぇ……」

 私はフラれるのだろうか。でも、お互い好きなのに断るという選択肢を私は理解できなかった。及川はため息を吐いた後、挑戦的な顔を向けた。

「四月からは毎晩泣かせてやるからな、覚悟しろよ」

 私は未来の不幸など気にせず、喜びを満面に浮かべた。早く告白しておけばよかったとも、後悔するのではないかとも思わない。及川の中の大事なものになれたらそれでいいのだ。